特許 判決集(19)



「ピストンリング」無効審判審決取消請求事件
「樹脂配合用酸素吸収剤及びその組成物」無効審判審決取消事件
「胃炎治療剤」無効審決取消請求事件
「ゴルフクラブ」特許権侵害事件
冒認出願を理由とする無効審判審決取消事件
無効審決確定と訂正審判の関係
「X線異物検査装置」損害賠償請求事件
「リチウム二次電池およびリチウム二次電池の製造方法」審決取消事件




「ピストンリング」無効審判審決取消請求事件

事件番号  平成20年(行ケ)第10350号
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日  平成21年06月29日
裁判所名  知的財産高等裁判所 
判決データ:  PAT-H20-Gke-10350.pdf

2 特許請求の範囲(特許第2739722号:無効2007-800247)
 本件明細書の特許請求の範囲の請求項1、2の記載は、次のとおりである。
【請求項1】少なくとも外周摺動面に、陰極アークプラズマ式イオンプレーティングによる皮膜の空孔率が1.5〜20%である窒化クロムよりなり厚さが1〜80μmの皮膜を形成してなる内燃機関用ピストンリング。
(以下、請求項1記載の発明を「本件第1発明」という。)
【請求項2】請求項1に記載のピストンリングにおいて、前記皮膜の破断面が母材表面から皮膜の表面に向かって柱状の形態を有する内燃機関用ピストンリング。
(以下、請求項2記載の発明を「本件第2発明」といい、本件第1発明と本件第2発明」を包括して「本件各発明」という。なお、「皮膜」との文言と、刊行物中の「被膜」との文言は、同じ意味であると認められる。)

第5 当裁判所の判断
 当裁判所は、本件各発明はいずれも甲1ないし8に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができたとはいえないとの審決の判断に誤りはなく、原告主張の取消事由は理由がないものと判断する。その理由は、以下のとおりである。
1 本件各発明の課題が、既に一般的に認識されていたことについて
 原告は、本件各発明の課題が本願出願時に一般的に認識されていたことからすると、本件各発明を想到することが困難であったとはいえないと主張する。
 しかし、原告の主張は、以下のとおり失当である。
 まず、当該発明を容易に想到できるか否かを判断するに当たって、当該発明が解決しようとする「課題」の把握が重要であることはいうまでもないが、発明とは、「課題」を提示した上で、それに対する解決方法を示すことからなるものであるから、「当該発明の課題が、既に、一般に認識されていたこと」、又は「当該発明と先行技術との間に、課題の共通性があること」は、そのこと自体によって、直ちに、当該発明が容易に想到できたことを意味するものではない。したがって、本件各発明の課題が、一般的に認識されていたことから、直ちに、本件各発明が容易に想到できたとする原告の主張は、その主張自体採用できない。
 のみならず、以下のとおり、本件各発明と甲1、甲2を対比してみても、本件各発明の課題が一般的であったとは認められず、本願出願前に本件各発明の課題を示す刊行物があったことを認めるに足りる証拠はないから、この点からも、原告の上記主張は、採用することができない。
(1) 本件各発明の課題
 本件明細書の「発明が解決しようとする課題」の欄には、「ピストンリングの外周皮膜表面にピッチング疲労が原因と考えられる欠け状の剥離が生じる問題がある。そこで、現状の表面処理よりも耐剥離性に優れたセラミックスコーティング皮膜を被覆したピストンリングが望まれている。従って本発明の目的は、欠け状剥離が発生しにくく同時に耐摩耗性および密着性にも優れた皮膜を被覆したピストンリングを提供することである。」(【0004】)と記載されていることから、本件各発明の課題は、ピストンリングの外周摺動面の皮膜を、耐摩耗性及び密着性に優れるものとするとともに、皮膜表面に生じるピッチング疲労が原因と考えられる欠け状の剥離を発生しにくくすることであると認められる。

(中略)

(4) 課題の共通性等について
ア 甲第1号証発明は、ピストンリングの外周摺動面に緻密な被膜層を形成して耐摩耗性を向上させたものであり、甲1には、皮膜の欠け状剥離を発生しにくくするという課題は記載されていない。また、甲2には、皮膜の剥離の防止が課題として示唆されているものの、甲2において問題とされている剥離は、母材と緻密な溶射被膜との熱膨張差によりセラミックからなる緻密な溶射被膜に生じる剥離であり、本件各発明が課題とするピッチング疲労による皮膜の剥離とは、剥離をもたらす応力の発生原因や剥離の形成過程が異なる。そうすると、甲1、2には、本件各発明の課題が示されているとは認められない。
イ 原告は、「硬いが脆い」という性質から生ずる課題を解決することは、セラミックスの分野に限らず、積層(コーティング)を行う技術分野において一般的な課題であったとして、これを前提に、本件各発明の課題が一般的であったことを主張する。
 しかし、仮に、「硬いが脆い」という性質が一般的に知られていたとしても、それはごく一般的、概括的な性質にとどまるものであって、具体的な発明において解決すべき課題としては、問題の内容や原因をより具体化したものを提示しなければ、解決するための手段を示すことができないと解される。そして、ある具体的な課題が、「硬いが脆い」という一般的性質に起因するものであるとしても、その具体的な課題自体が示されていないとすれば、「硬いが脆い」という性質が知られていたことをもって、その具体的な課題が示されていたとはいえない。そうすると、本件各発明の課題が、「硬いが脆い」という一般的性質に起因するものであるとしても、具体的に本件各発明の課題が開示されていたことを認めるに足りる証拠はないから、本件各発明の課題が一般的であったとは認められず、原告の上記主張は、採用することができない。
 なお、原告は、「硬いが脆い」という性質から生ずる課題を解決することが一般的な課題であったことと甲2との組み合わせから、本件各発明の課題が一般的に認識されていたことを主張するものとも解されるが、前記アのとおり甲2には本件各発明の課題が示されていないから、原告の上記主張も採用することができない。
ウ このように、本件各発明の課題が一般的であったとは認められず、本願出願前に本件各発明の課題を示す刊行物があったことを認めるに足りる証拠もない。
2 課題を解決するための構成の容易想到性について
(1) 空孔の導入
 原告は、当業者は、本願出願時において、甲2、7、23により、皮膜中に空孔が存在することにより被膜の耐剥離性が向上するとの知識を有していたから、本件各発明において空孔の導入により耐剥離性を向上させることを容易に想到することができたと主張する。
 しかし、以下の理由により、甲2、7、23によっても、本願出願時において、皮膜中に空孔が存在することにより被膜の耐剥離性が向上することが、当業者に知られていたと認定することはできないから、原告の主張は、採用することができない。
ア 甲2について
(ア) 甲2において解決の課題とされる剥離は、溶射皮膜と母材との熱膨張差と熱伝導率の差により発生する剥離であり、加熱冷却による応力により発生するものであるのに対し、本件各発明において解決の課題とされる剥離は、ピッチング疲労が原因と考えられる欠け状剥離であり、表面圧の応力により発生するものである。
 そして、甲2において空孔の導入により耐剥離性が向上するのは、表面溶射膜、多孔性溶射被膜及び母材の3層が存在し、表面溶射膜と母材との熱膨張差に基づく熱応力を、その中間に多孔質溶射被膜を設けて吸収することにより、熱応力に対する耐剥離性が達成されることによるものと認められ、本件第1発明のようなピッチング疲労を原因とする欠け状剥離を防ぐことによるものではない。そうすると、甲2に接した当業者は、空孔の導入が、熱膨張差に起因する剥離に対して有効な解決手段であることを理解し得るとしても、それがピッチング疲労を原因とする欠け状剥離に対しても有効な解決手段であることを理解し得るとは認められない。したがって、甲2には、本件各発明の課題であるピッチング疲労が原因と考えられる欠け状剥離についても空孔を設けることが耐剥離性向上に役立つ、ということまで開示されているということはできない。





「樹脂配合用酸素吸収剤及びその組成物」無効審判審決取消事件

<発明の詳細な説明の記載は、特許法36条4項に定める実施可能要件(いわゆるサポート要件)を満たすものと認めることはできず、特許請求の範囲の記載についても特許法36条5項1号に定めるサポート要件を満たすものと認めることはできない。>

事件番号  平成20年(行ケ)第10304号
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日  平成21年08月18日
裁判所名  知的財産高等裁判所
判決データ:  PAT-H20-Gke-10304.pdf

ア 特許法36条4項に定める実施可能要件
 特許法36条4項は、「前項第三号の発明の詳細な説明には、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に、その発明の目的、構成及び効果を記載しなければならない。」と定めるところ、本件発明のように、特定の用途(樹脂配合用)に使用される組成物であって、一定の組成割合を有する公知の物質から成るものに係る発明においては、一般に、当該組成物を構成する物質の名称及びその組成割合が示されたとしても、それのみによっては、当業者が当該用途の有用性を予測することは困難であり、当該組成物を当該用途に容易に実施することができないから、そのような発明について実施可能要件を満たすといい得るには、発明の詳細な説明に、当該用途の有用性を裏付ける程度に当該発明の目的、構成及び効果が記載されていることを要すると解するのが相当である。
 さらに、本件発明は、その用途として、単に「樹脂配合用」と規定するのみであるから、本件発明について実施可能要件を満たす記載がされるべきである以上、発明の詳細な説明に、酸素吸収剤を適用する樹脂一般について、本件発明の酸素吸収剤を適用することが有用であること、すなわち、当該樹脂一般について、本件発明が所期する作用効果を奏することを裏付ける程度の記載がされていることを要すると解すべきである。





「胃炎治療剤」無効審決取消請求事件

<医薬品の用途発明についての進歩性判断の基準>

事件番号  平成20年(行ケ)第10366号
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日  平成21年09月30日
裁判所名  知的財産高等裁判所 
判決データ:  PAT-H20-Gke-10366.pdf

第5 当裁判所の判断
 当裁判所は、本件特許を無効であるとした審決には誤りがないと判断する。その理由は、以下のとおりである。
 物質の用途発明について、新規に発見した属性(用途)が、当業者において容易に想到し得たものであるか否かは、当該発明の属する技術分野における公知技術や技術常識を基礎として判断すべきであることはいうまでもない。
 本件についてみると、本件出願前に、「胃潰瘍治療剤」としての薬効が知られている場合、当業者が、「胃炎治療剤」としての薬効も存在するとの技術思想に容易に想到し得たか否かは、@「胃潰瘍」と「胃炎」の病態・発症機序における相違の有無、A「胃潰瘍治療剤」と「胃炎治療剤」の作用機序における相違の有無、B「胃潰瘍治療剤」と「胃炎治療剤」の双方に効果のある他の薬剤の比較、検討、C本件化合物の胃炎治療への適用を阻害する要素の有無等を総合的に考慮して判断すべきである。





「ゴルフクラブ」特許権侵害事件

<均等侵害を認定した事例。>

事件番号  平成21年(ネ)第10006号
事件名  補償金等請求控訴事件
裁判年月日  平成21年06月29日
裁判所名  知的財産高等裁判所 
判決データ:  PAT-H21-ne-10006.pdf

       主 文
 被控訴人が製造、販売する別紙製品目録記載のゴルフクラブは、控訴人が有する別紙特許目録記載の特許の特許請求の範囲の請求項1記載の発明の技術的範囲に属する。同特許は特許無効審判により無効にされるべきものとは認められない。
     事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、控訴人に対し、2億円及びこれに対する平成19年11月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
4 仮執行宣言
第2 事案の概要
 本件は、控訴人(原審原告。以下、単に「原告」という。)が、被控訴人(原審被告。以下、単に「被告」という。)に対し、被告が製造、販売する別紙製品目録(原判決の別紙製品目録と同じである。)記載の7つのモデルのゴルフクラブ(以下、これらを包括して「被告製品」という。)は、原告が有する別紙特許目録記載の特許(特許第3725481号)の特許請求の範囲の請求項1記載の発明(以下「本件発明」という。)の技術的範囲に属すると主張して、出願公開後の警告から設定登録までの間の特許法65条1項に基づく補償金と設定登録後の民法709条に基づく損害賠償との合計額の一部請求として2億円及び補償金請求の後でありかつ不法行為の後である平成19年11月7日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を請求した事案である。
 原判決は、被告製品は本件発明の構成要件を文言上充足せず、本件発明の構成と均等なものと解することもできず、被告製品は本件発明の技術的範囲に属さないとして、原告の請求を棄却した。そこで、原告は、原判決を不服として控訴を提起した。

(中略)

2 争点(2)〔均等侵害の成否〕について
 原判決45頁24行目ないし46頁20行目を次のとおり改める。
「当裁判所は、被告製品の構成〈d〉における「(炭素繊維からなる短小な)帯片8」は、本件発明の構成要件(d)における「(繊維強化プラスチック製の)縫合材」の均等物であると判断する。その理由は、以下のとおりである。
 前記のとおり、「(炭素繊維からなる短小な)帯片8」は、金属製外殻部材に設けた一つの貫通穴に1回だけ通すものであって、金属製外殻部材の一方の側(接着界面側)と他方の側(その反対面側)を貫く複数の貫通穴に複数回(2回以上)通すものではなく、金属製外殻部材の上下において上部繊維強化プラスチック製外殻部材(本件発明の「繊維強化プラスチック製外殻部材」に相当する。)及び下部繊維強化プラスチック製外殻部材と各1か所で接着するにとどまり、少なくとも2か所で繊維強化プラスチック製外殻部材と接合(接着)するものではない。
 本件発明の構成中、被告製品の構成と異なる部分は、上記の点である。
(1)置換可能性について
ア 本件明細書
(ア) 本件明細書には、次のとおりの記載がある。
「本件発明の目的は、金属製の外殻部材と繊維強化プラスチック製の外殻部材との接合強度を高めることを可能にした中空ゴルフクラブヘッドを提供することにある。」(「発明が解決しようとする課題」欄、【0004】)
「本発明によれば、金属製の外殻部材と繊維強化プラスチック製の外殻部材とを接合して中空構造のヘッド本体を構成するに際して、金属製の外殻部材の接合部に繊維強化プラスチック製の外殻部材の接合部を接着すると共に、金属製の外殻部材の接合部に貫通穴を設け、該貫通穴を介して繊維強化プラスチック製の縫合材を金属製外殻部材の繊維強化プラスチック製外殻部材との接着界面側とその反対面側とに通して繊維強化プラスチック製の外殻部材と金属製の外殻部材とを結合したから、金属製の外殻部材と繊維強化プラスチック製の外殻部材との接合強度を高めることができる。従って、ゴルフクラブヘッドとしての耐久性を確保しながら、異種素材の組み合わせに基づいて飛びを含むゴルフクラブ性能を向上することが可能になる。」(「発明の効果」欄、【0019】)
(イ) 前記(ア)の本件明細書の記載によれば、本件発明の構成要件(d)において「(繊維強化プラスチック製の)縫合材」を用いたことによる目的、作用効果(ないし課題の解決原理)は、金属製の外殻部材と繊維強化プラスチック製の外殻部材との接合強度を高めることにあるものと認められる。
イ 被告製品における目的、作用効果の達成の有無
 被告製品の構成〈d〉における「炭素繊維からなる短小な帯片8」は、「金属製外殻部材1の上面側のFRP製上部外殻部材10との接着界面側とその反対面側の前記金属製外殻部材1の下面側のFRP製下部外殻部材9との接着界面側とに一つの貫通穴を通して、上面側のFRP製上部外殻部材10及び下面側のFRP製下部外殻部材9と各1か所で接着した炭素繊維」であり、金属製外殻部材に設けた一つの貫通穴に1回だけ通すものであって、複数の貫通穴に通し、金属製外殻部材の一方の側(接着界面側)と他方の側(その反対面側)を複数回(2回以上)通しているものではない。
 本件発明の縫合材は、金属製外殻部材の貫通穴を複数回(2回以上)通すものであり、金属製外殻部材の前記繊維強化プラスチック製外殻部材との接着界面側で少なくとも2か所で繊維強化プラスチック製外殻部材と接合することになるから、その接着性によって、必然的に、接合強度を高める効果を生じることになる。
 他方、被告製品では、FRP製下部外殻部材9は、前方フランジ部5aにおいては、帯片8の下縁部の下面に一体的に接着されており、クラウン部を構成するFRP製上部外殻部材10は前方フランジ部5aにおいては、帯片8の上縁部の上面に一体的に接着されており、金属製外殻部材1の上面フランジ部5を上下から挟むようにFRP製下部外殻部材9とFRP製上部外殻部材10が金属製外殻部材1に接着されている。
 前方フランジ部5aにおいて、炭素繊維からなる帯片8は、一つの貫通穴に通され、上面側のFRP製上部外殻部材10及び下面側のFRP製下部外殻部材9と各1か所で接着されることにより、金属製の外殻部材(金属製外殻部材1)と繊維強化プラスチック製の外殻部材(FRP製上部外殻部材10)との接合強度を高める効果を奏している。同効果は、本件発明において「(繊維強化プラスチック製の)縫合材」を用いたことによる目的、作用効果と共通するものである。
 すなわち、被告製品では、金属製外殻部材の接着界面のみならず、その反対面側においても、FRP製下部外殻部材9を当てて加熱・加圧する成形がされているため、帯片8は、金属製外殻部材の接着界面の反対面側においても、繊維強化プラスチック製の外殻部材(FRP製上部外殻部材9)と、一体に接合している(甲11、弁論の全趣旨)。そのため、帯片8を、金属製外殻部材に設けた貫通穴に複数回通すことによって強度を確保する必要がない。
 以上のとおりであり、本件発明の構成要件(d)における「(繊維強化プラスチック製の)縫合材」と被告製品の構成〈d〉における「(炭素繊維からなる)短小な帯片8」とは、目的、作用効果(ないし課題解決原理)を共通にするものであるから、置換可能性がある。
(2)置換容易性
 本件発明においても、被告製品においても、金属製外殻部材に設けられた貫通穴に繊維強化プラスチック製の部材を通すことは共通であり、金属製外殻部材の複数の貫通穴に複数回通し、少なくとも2か所で繊維強化プラスチック製外殻部材と接合(接着)する部材を、一つの貫通穴に1回だけ通し、金属製外殻部材の上下において上部繊維強化プラスチック製外殻部材及び下部繊維強化プラスチック製外殻部材と各1か所で接着する部材に置き換えることは、被告製品の製造の時点において、当業者が容易に想到することができたものと認められる。したがって、置換容易性は認められる。
(3)非本質的な部分か否かについて
 本件発明の目的、作用効果は、前記(1)ア(ア)の本件明細書の記載によれば、金属製の外殻部材と繊維強化プラスチック製の外殻部材との接合強度を高めることにある。特許請求の範囲及び本件明細書の発明の詳細な説明の記載に照らすと、本件発明は、金属製の外殻部材の接合部に貫通穴を設け、貫通穴に繊維強化プラスチック製の部材を通すことによって上記目的を達成しようとするものであり、本件発明の課題解決のための重要な部分は、「該貫通穴を介して」「前記金属製外殻部材の前記繊維強化プラスチック製外殻部材との接着界面側とその反対面側とに通して前記繊維強化プラスチック製の外殻部材と前記金属製の外殻部材とを結合した」との構成にあると認められる。
 本件発明の特許請求の範囲には、接合させる部材について、「縫合材」と表現されている。
 しかし、既に詳細に述べたとおり、@本件発明の課題解決のための重要な部分は、構成要件(d)中の「該貫通穴を介して」「前記金属製外殻部材の前記繊維強化プラスチック製外殻部材との接着界面側とその反対面側とに通して前記繊維強化プラスチック製の外殻部材と前記金属製の外殻部材とを結合した」との構成部分にあること、A本件発明の「縫合材」の語は、繊維強化プラスチック製の部材を金属製外殻部材に通す形状ないし態様から用いられたものであって、通常の意味とは明らかに異なる用いられ方をしているから、「縫合」の語義を重視するのは、妥当とはいえないこと、B前記のとおり、「縫合材」の意味は、技術的な観点を入れると、「金属製外殻部材の複数の(二つ以上の)貫通穴を通し、かつ、少なくとも2か所で繊維強化プラスチック製外殻部材と接合(接着)する部材」と解すべきであるが、当該要件中の「一つの貫通穴ではなく複数の(二つ以上の)貫通穴に」との要件部分、「少なくとも2か所で(接合(接着)する)」との要件部分は、本件発明を特徴付けるほどの重要な部分であるとはいえないこと等の事情を総合すれば、「縫合材であること」は、本件発明の課題解決のための手段を基礎づける技術的思想の中核的、特徴的な部分であると解することはできない。
 したがって、本件発明において貫通穴に通す部材が縫合材であることは、本件発明の本質的部分であるとは認められない。
(4)対象製品の容易推考性について
 本件の全証拠によっても、被告製品が、本件特許の出願時における公知技術と同一又は当業者が公知技術から出願時に容易に推考できたものであるとは認められない。
(5)意識的除外について
ア 本件特許の出願経過は、以下のとおりである。
 原告は、平成14年1月11日、本件特許を出願し(特願2002−4675号、甲4)、平成15年7月22日、出願公開されたが(特開2003−205055号公報、乙5)、同年11月18日、拒絶理由通知を受けた(乙6)。
 原告は、平成16年4月12日、同日付け手続補正書(甲5、乙12)を提出して明細書の補正を行うとともに同日付け意見書(乙7)を提出したが、平成17年2月15日、拒絶査定を受けた(乙8)。
 原告は、平成17年4月7日、拒絶査定不服審判を請求し(乙9)、同年5月9日付けで、明細書を補正対象とする手続補正書(甲6)と、審判請求書を補正対象とする手続補正書(乙10)を提出した。
 本件特許は、平成17年9月30日、設定登録された(甲1、2)。
イ 前記1(1)ウのとおり、原告は、出願経過において、@縫合材を金属製の外殻部材と繊維強化プラスチック製の外殻部材との接着界面に通し、繊維強化プラスチック製の外殻部材に対しては貫通させることなく密着するように配置しているので、繊維強化プラスチック製の強度低下を回避することができ、A金属製の外殻部材の貫通穴に通した縫合材に基づいて金属製の外殻部材と繊維強化プラスチック製の外殻部材とを一体的に結合させた上で、繊維強化プラスチック製の外殻部材に貫通穴を設けた場合に起こる応力集中による破壊を抑制し、金属製の外殻部材と繊維強化プラスチック製の外殻部材との接合強度を最大限に発揮するようにした点に、本件発明の特徴がある旨を述べている。しかし、出願経過及びその過程で提出された手続補正書や意見書の内容に照らして、原告が、本件特許の出願経過において、本件発明の「縫合材」を、一つの貫通穴を通し、金属製外殻部材の上下のFRP製外殻部材と各1か所で接着した部材に置換する構成を意識的に除外したと認めることはできない。
(6)均等の成否
 以上によれば、被告製品は、本件発明の構成と均等なものとして、その技術的範囲に属する。」





冒認出願を理由とする無効審判審決取消事件

事件番号  平成20年(行ケ)第10428号
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日  平成21年06月29日
裁判所名  知的財産高等裁判所
判決データ:  PAT-H20-Gke-10428.pdf

特許第3966884号(発明の名称:基板処理装置及び基板処理方法並びに基板の製造方法)
無効2008−800005号

第5 当裁判所の判断
1 冒認出願についての主張立証責任の判断の誤り(取消事由1)、審決の結論に影響を及ぼす手続上の誤り(取消事由2)、本件特許が冒認出願に対してされたものであるとすることはできないとの判断の誤り(取消事由3)について審決は、無効審判請求人(原告)において、冒認出願であることの主張立証を尽くしたとはいえないとして、無効審判請求を成り立たないとした。しかし、当裁判所は、@冒認出願に関する主張立証責任の所在に関する判断に誤りがあること(取消事由1参照)、A主張立証責任の所在に関する判断の誤りは、本件審理手続の過誤、及び審決の結論に影響する過誤であるといえること(取消事由2及び3参照)から、審決を取り消すべきものと判断する。
 その理由は、以下のとおりである。
(1) 冒認出願に係る事実の主張立証責任ないし主張立証の程度について
 特許法は、29条1項に「発明をした者は、‥‥‥特許を受けることができる。」と、33条1項に「特許を受ける権利は、移転することができる。」と、34条1項に「特許出願前における特許を受ける権利の承継は、その承継人が特許出願をしなければ、第三者に対抗することができない。」と、それぞれ規定していることから明らかなとおり、特許権を取得し得る者を発明者及びその承継人に限定している。このような、いわゆる「発明者主義」を採用する特許制度の下においては、特許出願に当たって、出願人は、この要件を満たしていることを、自ら主張立証する責めを負うものである。このことは、36条1項2号において、願書の記載事項として「発明者の氏名及び住所又は居所」が掲げられ、特許法施行規則5条2項において、出願人は、特許庁からの求めに応じて譲渡証書等の承継を証明するための書面を提出しなければならないとされていることによっても、裏付けられる。
 ところで、123条1項は特許無効審判を請求できる場合を列挙しており、同項6号は、「その特許が発明者でない者であつてその発明について特許を受ける権利を承継しないものの特許出願に対してされたとき。」(冒認出願)と規定する。同規定を形式的にみると、「その特許が発明者でない者・・・に対してされたとき」との事実につき、無効審判請求人において、主張立証責任を負担すると読む余地がないわけではないが、このような規定振りは、あくまでも同条の立法技術的な理由に由来するものであって、同規定から、29条1項等所定の発明者主義の原則を、変更したものと解することは妥当でない。したがって、冒認出願(123条1項6号)を理由として請求された特許無効審判において、「特許出願がその特許に係る発明の発明者自身又は発明者から特許を受ける権利を承継した者によりされたこと」についての主張立証責任は、特許権者が負担すると解すべきである。
 もっとも、冒認出願(123条1項6号)を理由として請求された特許無効審判において、「特許出願がその特許に係る発明の発明者自身又は発明者から特許を受ける権利を承継した者によりされたこと」についての主張立証責任を、特許権者が負担すると解したとしても、そのような解釈は、すべての事案において、特許権者において、発明の経緯等を個別的、具体的に主張立証しなければならないことを意味するものではない(むしろ、先に出願したという事実は、出願人が発明者又は発明者から特許を受ける権利を承継した者であるとの事実を推認する重要な間接事実である。)。
 特許権者の行うべき主張、立証の内容、程度は、冒認出願を疑わせる具体的な事情の内容及び無効審判請求人の主張立証活動の内容、程度がどのようなものかによって大きく左右される。仮に無効審判請求人が、冒認を疑わせる具体的な事情を何ら指摘することなく、かつ、その裏付け証拠を提出していないような場合は、特許権者が行う主張立証の程度は比較的簡易なもので足りる。これに対して、無効審判請求人が冒認を裏付ける事情を具体的詳細に指摘し、その裏付け証拠を提出するような場合は、特許権者において、これを凌ぐ主張立証をしない限り、主張立証責任が尽くされたと判断されることはないといえる。そして、冒認を疑わせる具体的な事情の内容は、発明の属する技術分野が先端的な技術分野か否か、発明が専門的な技術、知識、経験を有することを前提とするか否か、実施例の検証等に大規模な設備や長い時間を要する性質のものであるか否か、発明者とされている者が発明の属する技術分野についてどの程度の知見を有しているか、発明者と主張する者が複数存在する場合に、その間の具体的実情や相互関係がどのようなものであったか等、事案ごとの個別的な事情により異なるものと解される。




無効審決確定と訂正審判の関係

事件番号  平成20年(行ケ)第10181号
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日  平成21年07月07日
裁判所名  知的財産高等裁判所 
判決データ:  PAT-H20-Gke-10181.pdf

第3 当裁判所の判断
 特許権者がした訂正審判の請求について、請求が成り立たない旨の審決があり、同審決に対し、特許権者が提起した審決取消請求訴訟の係属中に、当該特許登録を無効にする審決が確定した場合には、特許権者は、訂正審判の請求が成り立たないとした審決の取消しを求める訴えの利益を失うに至るものというべきである(最高裁昭和59年(行ツ)第27号昭和59年4月24日第三小法廷判決・民集38巻6号653頁参照)。
 これを本件についてみると、本件訴えの提起後の前記経過によれば、原告は、本件訴えについて、訴えの利益を失ったものといわなければならないから、本件訴えは、不適法な訴えとして、却下されるべきものである。




「X線異物検査装置」損害賠償請求事件

事件番号  平成20年(ワ)第4754号
事件名  損害賠償請求事件
裁判年月日  平成21年11月12日
裁判所名  大阪地方裁判所 
判決データ:  PAT-H20-wa-4754.pdf

1 不法行為該当性について
 民事訴訟を提起した者が敗訴の確定判決を受けた場合において、同訴えの提起が相手方に対する違法な行為といえるのは、当該訴訟において提訴者の主張した権利又は法律関係(以下「権利等」という。)が事実的、法律的根拠を欠くものである上、提訴者が、そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのにあえて訴えを提起したなど、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られるものと解するのが相当である(最高裁判所昭和60年(オ)第122号同63年1月26日第三小法廷判決・民集42巻1号1頁参照)。




「リチウム二次電池およびリチウム二次電池の製造方法」審決取消事件

<特許を受ける権利の共有者を拒絶査定不服審判請求人として記載しなかった審判請求を不適法な請求であって補正できないものであるとして却下した審決を取り消した事例。本件の場合、審判請求人の補正は要旨変更ではない。>

事件番号  平成21年(行ケ)第10148号
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日  平成21年11月19日
裁判所名  知的財産高等裁判所 
判決データ:  PAT-H21-Gke-10148.pdf

(1) 特許を受ける権利の共有者がその共有に係る権利について審判を請求するときは、共有者の全員が共同して請求しなければならず(特許法132条3項)、また、審判を請求する者は、当事者及び代理人の氏名及び住所その他所定の事項を記載した請求書を特許庁長官に提出しなければならない(同法131条1項)と規定されている。その趣旨は、特許を受ける権利の共有者が拒絶査定不服審判を請求するにあたっては、その全員がそれぞれ審判の請求をする意思のあることを、審査手続における経緯と離れて改めて請求書に表示する要式行為として明示することを求め、これにより、審判請求人がだれかを一律に確定しようとしたものと解される。
 したがって、特許を受ける権利の共有者全員の代理人が、共有者のためにその審判を請求するには、審判請求書の請求人欄に、当事者として共有者全員の氏名を記載すべきものであることはいうまでもない。他方、特許を受ける権利の共有者の代理人が行った審判請求において、それが共有者全員の「共同して請求」したものに当たるかどうかについては、単に、審判請求書の請求人欄の記載のみによって判断すべきものではなく、その請求書の全趣旨を合理的に探求し、当該特許出願について特許庁側の知り得た事情等をも勘案して、総合的に判断すべきものである。
 共有に係る特許を受ける権利についての審判請求のように、共有者の全員が共同して請求することが法律上の要件とされている場合において、共有者の全員それぞれからそのための委任を受けている代理人が、共有者の一部の者のためにのみ審判請求をし、その余の共有者のためにはこれを行わないときは、共有者全員の利益を害することになり、自ら審判請求の手続要件の欠缺をもたらし、拒絶査定を確定するにも等しいのであるから、代理人がこのような行動に出ることは合理的にみて考えられないことである。そうすると、代理人がこのような不合理な行為を行うのもやむを得ないとする特段の事情がない限り、当該審判請求は、たとえ、外観上共有者の一部の者のためにのみする旨の表示となっている場合であっても、実際には、共有者の全員のためにしたものと推認するのが相当である。




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