特許 判決集(11)

「数値限定」及び「臨界的意義」に関する判例


「繊維強化成形体」拒絶審決取消事件
「キシリトール調合物」拒絶審決取消事件→特許判決集(16)
「高純度アカルボース」事件
「X線画像検出器」事件
「記録紙」事件
「ソーワイヤ用ワイヤ」事件
「電磁弁用ソレノイド」事件
「プラズマ処理装置」事件
「誘電体バリア放電ランプ、および照射装置」事件
「耐久性の優れた偏光フィルムの製造法」事件
「金属のりん酸塩皮膜化成処理前の表面調整用前処理液」事件
「半導体露光装置」事件
「カトリス」害虫防除用器具事件
「PETボトルの殺菌方法」事件
「半導体装置のテスト用プローブ針」事件
「オキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤」事件




「繊維強化成形体」拒絶審決取消事件

事件番号  平成20年(行ケ)第10300号
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日  平成21年04月15日
裁判所名  知的財産高等裁判所
判決データ:  PAT-H20-Gke-10300.pdf

第2 争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
 原告は、平成10年5月28日、発明の名称を「繊維強化成形体」とする発明につき特許出願をした(特願平10−146882号。以下「本願」という。
 出願当初の請求項の数は16であった。甲6)。
 原告は、平成17年12月26日付け手続補正書(甲7)による補正をしたが、平成18年10月16日、本願につき拒絶査定を受け、同年12月7日、これに対する不服の審判を請求した(不服2006−27558号)。
 原告は、平成18年12月28日付け手続補正書(甲8)により、明細書全文を対象とする補正をした(同補正後の請求項の数は6であった。請求項1は、同補正によっては変更されなかった。同補正後の明細書を図面とともに「本願明細書」という。)。
 特許庁は、平成20年6月23日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(以下「審決」という。)をし、その謄本は、同年7月8日、原告に送達された。
2 特許請求の範囲
 本願明細書の特許請求の範囲の請求項1の記載は、次のとおりである(以下、請求項1記載の発明を「本願発明」という。)。
「内管と外管との間に1層乃至複数層の補強層を配置したホースにおいて、
 少なくとも1層の補強層を形成する繊維コードは(1)式にてnとmの関係が1.05≧(n+m)/n≧1.00となる構造を有する脂肪族ポリケトン繊維を含むコードからなり、該繊維コードは下記(2)式で表される撚り係数Kが150〜800の範囲にあり、該繊維コードの強度が10g/d以上であり、かつ前記内管を構成するエラストマー組成物の100℃での50%モジュラスが3.0MPa以上であるホースからなる繊維強化成形体。
(1)式−(CH−CH−CO)n−(R−CO)m−
 ここでRは炭素数が3以上のアルキレン基
(2)式K=T√D
 ここでDはコードの総デニール数、
 Tはコードの10cm当たりの上撚り数、Kは撚り係数」
3 審決の理由
(1) 別紙審決書写しのとおりである。要するに、本願発明は、特開平6−300169号公報(甲1)記載の発明(以下「引用発明」という。)、及び特開平4−228613号公報(甲2)、特開平9−257161号公報(甲3)、特開平8−127081号公報(甲4)、特開平7−68659号公報(甲5)記載の周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたから、本願発明は、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとするものである。
(2) 審決が、本願発明に進歩性がないとの結論を導く過程においてした、引用発明、本願発明と引用発明の一致点、相違点に関する認定、相違点4に関する容易想到性の判断は、次のとおりである。
ア 引用発明
「内管層と外面保護層との間に1層以上の繊維補強層を配置したホースにおいて、繊維補強層を形成する繊維コードは、ヘテロ環含有芳香族ポリマーからなる繊維を含むコードからなり、該繊維コードは1500デニールに紡糸したPBO繊維原糸2本を合わせて20回/10cmの撚りをかけてコードとしたものであり、該繊維の強度が25g/D以上であり、かつ前記内管層をゴム等で構成したホース。」
イ 本願発明と引用発明の一致点
「内管と外管との間に1層乃至複数層の補強層を配置したホースにおいて、少なくとも1層の補強層を形成する繊維コードは、合成樹脂の繊維を含むコードからなり、該繊維コードは所定の撚りが形成され、かつ前記内管をエラストマー組成物で構成したホースからなる繊維強化成形体。」である点。
ウ 本願発明と引用発明の相違点
(ア) 相違点1
 繊維コードを構成する合成樹脂の繊維が、本願発明では「(1)式にてnとmとの関係が1.05≧(n+m)/n≧1.00となる構造を有する脂肪族ポリケトン繊維を含む」ものであるのに対し、引用発明では、「ヘテロ環含有芳香族ポリマーからなる繊維を含む」ものである点。
(イ) 相違点2
(2)式で表される繊維コードの撚り係数Kが、本願発明では「150〜800の範囲」であるのに対し、引用発明ではかかる特定がなされていない点。
(ウ) 相違点3
 繊維コードの強度が、本願発明では「10g/d以上」に特定されているのに対し、引用発明ではかかる特定がなされていない点。
(エ) 相違点4
 内管を構成するエラストマー組成物の特性が、本願発明では「100℃での50%モジュラスが3.0MPa以上」に特定されているのに対し、引用発明ではかかる特定がなされていない点。

(判旨)

(4) 相違点4に関する容易想到性
ア 容易想到性について
 審決は、繊維補強層を有するホースの内管を構成するエラストマー組成物として、100℃前後での50%モジュラスを3.0MPa程度以上のものとすることは、甲4、甲5に記載されているように、当該技術分野において、普通に採用される範囲のものであるから、甲1発明において「100℃での50%モジュラスが3.0MPa以上」のものを採用して相違点4に係る構成とすることは、容易想到であるとする。
 しかし、前記(3)ウのとおり、従来から使用されているホースの内管を構成するエラストマー組成物の135℃における50%モジュラスは、約0.98〜2.35MPa程度であり、甲4、甲5記載の技術は、加硫時に発生する補強糸の棚落ちという特定の課題を解消するために、135℃における50%モジュラスが約1.96〜3.92MPaという値のエラストマー組成物を採用したものである。そうすると、繊維補強層を有するホースの内管を構成するエラストマー組成物を、100℃における50%モジュラスが3.0MPa程度以上のものとすることは、100℃と135℃の温度の差を考慮に入れても、繊維補強層を有するホースに関する技術分野において、普通に採用される範囲のものであるということはできない。しかも、引用発明で繊維補強層に用いられているヘテロ環含有芳香族ポリマーからなる繊維は、前記(2)イのとおり、耐熱性、難燃性であり、その分解温度は600℃以上であり、伸度も3.0%以下である。そうであるとすると、ヘテロ環含有芳香族ポリマーからなる繊維は、600℃を越えて分解温度に達するまでほとんどその形状を維持し強度を保つことになり、100℃程度の温度条件では、ホースの補強に関する性能に特段の影響は生じないと解されるから、引用発明において、ホースの内管を構成するエラストマー組成物の100℃における50%モジュラスを、敢えて普通に採用される値より大きい3.0MPa程度以上とする必要性はなく、そのようにする契機があるとはいえない。
 そうすると、繊維補強層を有するホースの内管を構成するエラストマー組成物について、100℃における50%モジュラスを3.0MPa程度以上とすることは、普通に採用される範囲であるとはいえず、更にこれを引用発明に適用して相違点4に係る構成とすることが、当業者にとって容易想到であるとはいえない。したがって、繊維補強層を有するホースの内管を構成するエラストマー組成物について、100℃における50%モジュラスを3.0MPa程度以上とすることが普通に採用される範囲であることを前提とし、更にこれを引用発明に採用して相違点4に係る構成とすることが、当業者にとって容易想到であるとした審決の判断は、誤りである。





「高純度アカルボース」事件
*進歩性あり
<特許無効審判における請求不成立の特許庁審決(特許維持)の判断に誤りはない。
 それまで技術的に達成困難であった純度を達成できたことは、それ自体で、特段の作用効果を奏したものということができる。>

事件番号  平成19年(行ケ)第10430号
事件名  審決取消請求事件(特許)
裁判年月日  平成20年10月02日
裁判所名  知的財産高等裁判所 
判決データ:  PAT-H19-Gke-10430.pdf

(3) 原告は、医薬品原料としては高い純度が要求されるのが周知なのであり、既に純粋なアカルボースが存在していたのであり、また、精製を繰り返すことでより純度の高い物質が得られることも常識であって、精製法は甲2のほかにも多数の種類が知られていたのであるから、本件発明は、甲3と甲2から容易に発明することができた、と主張する。
 しかしながら、ある精製方法を繰り返し行ったとしても、その精製方法ごとに、達成できる純度に自ら上限があるのが通例であって、「精製を繰り返すことでより純度の高い物質が得られること」によって、直ちに、本件発明で規定する純度のものが得られるとは認められない。
 また、本件明細書の記載によれば、従来法である、強酸カチオン交換体にアカルボースを結合して塩溶液又は希酸で溶出する方法や、この強酸カチオン交換体を単に弱酸カチオン交換体に代替する方法によっては、本件発明で規定する純度を達成することができず、非常に特に弱い酸性の親水性カチオン交換体を用い、かつ、狭く制限されたpH 範囲内において溶出を行うことによって初めて、その純度を達成できたものであると認められる。これに対し、甲2に記載された精製法が、本件発明で規定する純度を達成可能なものであることは何ら示されていない。なお、原告は、「無色」であることを、純粋なアカルボースか若しくはそれに限りなく近いアカルボースであったことの根拠としているが、これを採用できないことは上記のとおりである。そして、本件発明で規定する純度を達成可能な精製法を開示した証拠も存在しない。
 したがって、たとえ課題や動機が存在していたとしても、本件優先日前に、本件発明で規定する純度を達成可能とする手段は公知ではなかったことから、本件発明で規定する純度のものを得ることは、当業者といえども容易には行い得なかったものと認められる。
(4) さらに、原告は、本件発明1において、純度を93%以上とすることによる特段の作用効果が認められない、と主張する。しかしながら、それまで技術的に達成困難であった純度を達成できたことは、それ自体で、特段の作用効果を奏したものということができるものであって、原告の上記主張も採用することができない。


発明の名称: 高純度アカルボース
特許第2502551号

【請求項1】
 水とは別に約93重量%以上のアカルボース含有量を有する精製アカルボース組成物。


<関連事件判決>
事件番号  平成19年(ワ)第26761号
事件名  特許権侵害差止等請求事件
裁判年月日  平成20年11月26日
裁判所名  東京地方裁判所 
判決データ:  PAT-H19-wa-26761.pdf

第2 事案の概要
 本件は、高純度アカルボースについての特許権を有する原告が、被告製剤を製造、販売する被告に対し、被告製剤は原告が特許権を有する特許発明の技術的範囲に属し、被告製剤を製造、販売する行為は原告の特許権を侵害するとして、特許法100条1項に基づき、被告製剤の製造及び販売の差止めを求めるとともに、同条2項に基づき、被告製剤の廃棄を求める事案である。
1 争いのない事実等(争いがない事実以外は証拠等を末尾に記載する。)
(1) 当事者
 ア原告は、医薬品、医薬部外品等の製造、販売等を業とするドイツ国法人である。
 イ被告は、医薬品、医薬部外品等の製造、販売等を業とする株式会社である。
(2) 原告の特許権
 ア原告は、次の特許につき特許権(以下「本件特許権」という。)を有している。
 特許番号  第2502551号
 発明の名称 高純度アカルボース
 出願番号  特願昭61−292667
 出願日   昭和61年12月10日

(中略)

(3) 乙2文献及び乙3文献に記載されたアカルボースについて
 前記争いがない事実等、(1)及び(2)で認定した事実並びに弁論の全趣旨に基づき、乙2文献及び乙3文献に記載されたアカルボースについて検討する。
 ア本件明細書の発明の詳細な説明に「阻害剤含量は446,550SIUで、純粋な無水アカルボース5.75gに相当した。」と記載されていること(甲2、8欄14行〜15行)からすれば、純度100重量%のアカルボースの比活性は、約77,661SIU/gであると認められる。
       (計算式)446,550SIU÷5.75g≒77,661SIU/g
 イ他方、乙2文献及び乙3文献に記載されたアカルボースの比活性は、77,700SIU/gであって、前記の方法で算出された純度100重量%のアカルボースの比活性約77,661SIU/gの値と極めて近接していることからすれば、その純度は、厳密には確定できないとしても、100重量%又はそれに極めて近接したものであると認められる。
 もっとも、乙2文献及び乙3文献には、アカルボースの純度は記載されておらず、本件特許の出願前にアカルボースの純度を算定することができたと認めるに足る証拠はないから、乙2文献及び乙3文献に記載された77,700SIU/gの比活性を有するアカルボースの純度は、本件特許の出願前には不明であったといわざるを得ない。
 しかしながら、「精製アカルボース組成物」におけるアカルボース以外の成分が不純物であることに照らせば、比活性値が高いほど、それに比例してアカルボースの純度も高くなるものと解され、そのことは当業者であれば容易に想定できるものであると認められる(原告自身、比活性がアカルボースの含有量の推認の手がかりになることは認めている。)ところ、乙1文献に記載された比活性68,000SIU/gのアカルボースに対して、乙2文献及び乙3文献に記載された比活性77,700SIU/gのアカルボースは、阻害比活性が高いことから、より純度の高いものと認識されることが明らかである。そして、比活性77,700SIU/gという特性を有するアカルボースが、本件特許の出願前に存在した以上、本件特許の出願後に、その特性に基づく純度(100重量%又はそれに極めて近接した純度)の算出が可能になったとしても(その算出方法に相応の技術的意義があることは別として)、比活性により規定されるアカルボースと当該純度のアカルボースが物質として同一であることを否定するのは、不合理といわざるを得ない。
 以上のことからすると、純度100重量%又はそれに極めて近接した純度のアカルボースが乙2文献及び乙3文献に記載されていたものと認めるのが相当といえる。

(中略)

(5)前記(1)のとおり、本件特許発明は、アカルボースの精製方法やその純度の算定方法についての特許発明ではなく、「約93重量%以上のアカルボース含有量を有する精製アカルボース組成物」という物を対象とした特許発明であることから、本件特許発明の対象物である「約93重量%以上のアカルボース含有量を有する精製アカルボース組成物」が「刊行物に記載され」ている以上、新規性を欠くと認められる。
 よって、本件特許は、昭和62年法律第27号附則3条1項及び同法による改正前の特許法123条1項1号並びに平成11年法律第41号の附則2条12項及び旧29条1項3号により、特許無効審判により無効にされるべきものと認められる。

(中略)

 イこれについて、原告は、当業者であれば容易に純度98重量%を超える精製アカルボース組成物を得ることができる旨主張し、本件明細書の発明の詳細な説明に記載された精製方法(溶出温度を50℃に変えた以外は、本件明細書の発明の詳細な説明の実施例1(以下「本件実施例1」という。)の方法であるとする。)によって、純度99.4重量%のアカルボースを得たとの甲10実験の結果を証拠として提出している(甲10、11)。
 しかしながら、溶出温度を50℃とする以外は本件実施例1に従って精製を行うことは、本件明細書の発明の詳細な説明の実施例3(以下「本件実施例3」という。)として記載されており、その場合のアカルボースの純度は、91重量%と記載されている(8欄25行〜27行、33行以下の第1表)ところ、これと異なり、甲10実験において、純度99.4重量%のアカルボースを得ることができた原因ないし理由は、本件各証拠に照らしても、明らかではない。
 そして、本件明細書の発明の詳細な説明に記載された精製方法は、前記のとおり、従来技術である強酸カチオン交換体を用いる精製方法によって得られた予備精製物を、弱酸カチオン交換体を用いて精製するものであるから、この予備精製物の純度が高ければ、これを本件実施例1又は本件実施例3の方法により精製することによって、本件明細書に記載された実施例よりも高純度のアカルボースを得ることができると推認される。他方、甲10実験に用いられた予備精製物の純度は、本件各証拠に照らしても明らかではなく、予備精製物の純度が、本件特許発明で用いられた前記予備精製物の純度(本件明細書の記載に照らせば、最高でも従来技術に基づく限界の純度である88重量%と推測される。)より高い可能性を否定できない。
 そうであれば、甲10実験により純度99.4重量%の精製アカルボース組成物を得ることができたからといって、本件特許の出願時において、当業者が、本件明細書の特許の詳細な説明に記載された精製方法によって、純度98重量%を超える精製アカルボース組成物を容易に得ることができたと認めることはできない。
(2) よって、本件明細書の「発明の詳細な説明には、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に、その発明の目的、構成及び効果」が記載されていないことから、昭和62年法律第27号附則3条1項及び同法による改正前の特許法123条1項3号並びに工業所有権に関する手続等の特例に関する法律施行令附則2条1項及び旧36条3項により、特許無効審判により無効にされるべきものと認められる。





「X線画像検出器」事件
*進歩性なし
<拒絶査定不服審判における請求不成立の特許庁審決(出願拒絶)の判断に誤りはない。
 本願発明において絶縁層の厚さを少なくとも3μmと限定することは、寄生容量の低減を望む当業者が適宜設定する範囲内のものといえ、この点に臨界的な意義を認めなかった審決の判断に誤りはない。>

事件番号  平成20年(行ケ)第10092号
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日  平成20年10月06日
裁判所名  知的財産高等裁判所
判決データ:  PAT-H20-Gke-10092.pdf

ウ絶縁層の厚さを少なくとも3μmとすることの臨界的意義につき(ア) 原告は、審決が引用したいずれの刊行物も、第2電極部と出力導線間の寄生キャパシタンス(寄生容量)が小さく留まるように出力導線の上に厚さが少なくとも3μmである絶縁層が設けられたX線画像検出器を開示していない、電極間の層は、一般的に、0.2ないし1μmの大きさのオーダーであるから、絶縁層の厚さを少なくとも3μmとした点に臨界的な意義を認めることはできないとした審決は誤りである旨主張する。
(イ) 確かに、本願明細書(甲8)の段落【0005】には、従来のX線画像検出器(図2)について、「図2に示す薄膜配置では、電極間の層は非常に薄い(0.2ないし1μmの大きさのオーダー)」と記載されているところからすると、3μmの厚さは本願明細書(甲8)に記載された従来技術の絶縁層の膜厚の範囲からは離れている。
(ウ) 一方、出力導線上に厚さが少なくとも3μmの絶縁層を設ける意義について、本願明細書の段落【0016】には、以下の記載がある。
「電極11を全ての面で覆う電極14がこのように拡がっているため、電極14が読出導線と制御導線も(少なくとも部分的に)覆うことは避けがたく、そのため、電極11、導線7および5の間に余分な寄生キャパシタンスを生じさせる。このような寄生キャパシタンスを最小とするためには、絶縁層13は少なくとも3μm、望ましくは5ないし10μmの厚さより成るべきである。この場合、比誘電率は4ないし5と仮定する(さらに高い誘電率を得るためには、絶縁層をはるかに厚くしなければならない)。この場合に適した材料は、シリコン酸化物、シリコン窒化物、又は、ポリアミド樹脂である。」
 上記記載からすると、寄生キャパシタンスを最小とするために必要な絶縁層の厚さは、絶縁層の比誘電率(絶縁層の材質)に依存して変化するものであることが分かる。また、既に上記(イ)で検討したように、電極と配線の重なりによる寄生容量は、電極配線や形状・配置などにも影響される。
 そうすると、上記の「厚さが少なくとも3μm」との限定は、あるとしても特定の実施例について意味を有するにすぎないものと理解できる。そして、本願明細書(甲8)には、寄生容量の低減の程度について上記の定性的な記述があるのみで、実験による具体的な裏付けも、理論的な説明もなされていない。そして、寄生キャパシタンス(寄生容量)は、絶縁層の膜厚が大きくなればなるほど小さくなる性質のものであることからすると、結局、「厚さが少なくとも3μm」との限定には、寄生キャパシタンス(寄生容量)の大きさが許容範囲となる絶縁層の膜厚のいわば目安を提示したという程度以上の意味を見出すことができないというべきである。
(エ) また、多層配線層を有する半導体装置について、上記乙2(特開昭61−5550号)には、
「(1)第1層と第2層のアルミニウム配線が層間膜を介して交差する部分では層間膜であるポリイミド膜4の厚さは例えばd4−d2=3.0μm程度と充分に厚く形成できるため、寄生容量によるクロストークや発振遅延を防止することが出来る。」(3頁左下欄下2行〜右下欄4行)
と記載されている。この記載からみても、3μmという数値は、絶縁層の厚さとして格別なものではないことが看て取れる。
(オ) 以上のとおり、本願発明において絶縁層の厚さを少なくとも3μmと限定することは、寄生容量の低減を望む当業者が適宜設定する範囲内のものといえ、この点に臨界的な意義を認めなかった審決の判断に誤りはない。原告の上記主張は採用することができない。


発明の名称: X線画像検出器
特願平5−201719号

【請求項1】
 複数のX線感応センサを有し、
 各センサは、コレクティング電極と該コレクティング電極を出力導線に接続するスイッチング素子とを有し、
 光伝導体層は個々のコレクティング電極とバイアス電極との間に設けられ、
 前記コレクティング電極は基準電極と共に、前記光伝導体で生成される電荷キャリアによって充電され得るキャパシタンスを形成する、X線画像検出器であって、
 各コレクティング電極は、第1電極部及び第2電極部を有し、
 前記第1電極部は付随する出力導線に隣接する各々の領域に配置され、
 前記第2電極部と前記出力導線間の寄生キャパシタンスが小さく留まるように前記出力導線の上に厚さが少なくとも3μmである絶縁層が設けられ、
 前記第2電極部は、前記絶縁層を通って延びるコンタクト孔を介して前記第1電極部に電気的に接続され、前記第1電極部よりも大きな表面領域を有し、前記第1電極部と前記バイアス電極との間に配置されることを特徴とするX線画像検出器。





「記録紙」事件
*進歩性あり
<特許無効審判における請求不成立の特許庁審決(特許維持)の判断に誤りはない。
 他の構成上の相違により、臨界的意義の有無を検討することを要するものではない。>

事件番号  平成19年(行ケ)第10106号
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日  平成20年03月27日
裁判所名  知的財産高等裁判所
判決データ:  PAT-H19-Gke-10106.pdf

(2) 原告は、「室温」の文言が多義的で意味が曖昧であるため、かえって特許請求の範囲を曖昧にし、特許請求の範囲の減縮に該当しないと主張する。証拠(甲99ないし101、108ないし110)によれば、「室温」の意義として、「部屋の中の温度」(甲101、108、109)、「室内の温度」(甲110)を意味し、その温度の数値としては、「第十一改正日本薬局方」(甲11)によれば、「1〜30°(判決注:℃のこと。以下同じ。)」とされ、「JISハンドブックプラスチック」(甲100)によれば、「15℃から35℃までの範囲内の周囲の温度」(甲100)とされる。このように、「室温」の具体的な温度範囲は必ずしも一義的なものではないが、これらの証拠から、「室温」は試験温度や使用温度として慣用されている用語であるということができる。また、証拠(甲100)によれば、「室温という用語は通常特定されていない相対湿度、大気圧及び空気移動からなる雰囲気に適用する。」とされることから、「室温」は、通常の環境下における雰囲気の温度を意味すると理解できる。そして、本件訂正明細書(乙1の3)によれば、従来の記録方法として感熱記録が記載されており、本件訂正の「室温の尖針の記録ペンによって‥‥‥」における「室温」は、感熱記録のような高温を必要とする記録手段との対比において使用されたことは容易に理解できる。したがって、記録機構及び記録器具に関する構成を限定する記載として、「室温」なる文言は明りょうでないとは認められない。

(中略)

(2) 相違点3、4について
 原告は、前訴判決の拘束力が及ぶから、先願発明との同一性の判断においては本件訂正発明の重量比及び膜厚に係る数値範囲の臨界的意義について検討すべきところ、本件審決は上記臨界的意義の有無について検討していないし、しかも臨界的意義は認められないから、審決は違法であると主張する。しかし、本件訂正発明と先願発明との同一性の判断に対して前訴判決の拘束力が及ばないことは、取消事由1に対する判断において説示したとおりである。したがって、先願発明と本件訂正発明との同一性の判断において本件訂正発明の重量比及び膜厚に係る数値範囲の臨界的意義を検討しなかったとしても、前訴判決の拘束力に違反しない。
 そして、先願明細書には、本件訂正発明の記録紙を実現するための隠蔽層の組成物の重量比及び隠蔽層の膜厚については開示されていないから、相違点3、4についても先願明細書に開示があるとはいえない(なお、仮に本件訂正発明において前記数値範囲に臨界的意義が認められないとしても、前記(1)で判断したとおり、本件訂正発明と先願発明とは相違点2において異なるから、本件訂正発明と先願発明とが同一とはいえない。)。
 原告の主張は、採用できない。

(中略)

(4) 相違点2Aについて
 原告は、相違点2Aの重量比の数値範囲には臨界的意義がないから、本件訂正発明は進歩性を欠くと主張する。しかし、刊行物1には方法1、方法2いずれにも中空孔ポリマー粒子と成膜性を有する水性ポリマーの割合に関する記載がないし、相違点2@について本件訂正発明と引用発明1とが実質的に同一といえないことは前記(3)のとおりであるから、相違点2Aの構成のみを取り上げてその臨界的意義の有無を検討することを要するものではない。
 原告の主張はその前提において失当である。



発明の名称: 記録紙
特許第2619728号

訂正後の【請求項1】
 下記(A)と(B)の重量比が1から3の範囲の組成物からなる着色原紙の色調を隠蔽する隠蔽層(5)が1から20ミクロンの膜厚で着色原紙(1a)、(1b)の表面に形成され、室温の尖針の記録ペンによって前記着色原紙の色調が現出するものであることを特徴とする、タコグラフ用記録紙。
(A)隠蔽性を有する水性の中空孔ポリマー粒子
(B)成膜性を有する水性ポリマー





「ソーワイヤ用ワイヤ」事件
*進歩性あり
<特許無効審判における請求不成立の特許庁審決(特許維持)の判断に誤りはない。
 本件出願時において本件特許発明が規定する内部応力の数値範囲に含まれるソーワイヤ用ワイヤの記載はなく、また、ソーワイヤに特有の課題を解決し、使用後のワイヤを真直な姿勢に維持できるようにするための手段として、本件特許発明のにように、ソーワイヤ用ワイヤの表面層の内部応力を所定の数値範囲に制限し、その内部応力の絶対値を小さくする構成を採用することが有用であることについての記載も示唆もない。>

事件番号  平成19年(行ケ)第10147号
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日  平成20年03月27日
裁判所名  知的財産高等裁判所
判決データ:  PAT-H19-Gke-10147.pdf

(ウ) そうすると、本件明細書に接した当業者であれば、発明の詳細な説明の記載から、本件特許発明は、層除去法により数値化したワイヤの表面層の内部応力の絶対値を小さくすることにより、使用後のフリーサークル径の減径及び小波の発生という、ソーワイヤ用ワイヤの使用負荷を大きくした場合の課題を解決し、ワイヤを真直な姿勢に維持することができるようにした発明であると理解し、また、特許請求の範囲(請求項1)に記載された「ワイヤ表面から15μmの深さまでの層除去の前後におけるソーワイヤの曲率変化から求めた内部応力が0±40kg/mm の範囲に設定」する構成を採用すれば、上記課題2を解決し、ワイヤを真直な姿勢に維持することができる効果を得られることについて、発明の詳細な説明の【表1】記載の本件特許発明の具体例1ないし5及び比較例1ないし5により裏付けられているものと理解するものと認められる。
 したがって、特許請求の範囲(請求項1)に記載された本件特許発明は、発明の詳細な説明に記載されたものであり、本件明細書の記載は特許法36条6項1号を充足する。

(中略)

(イ) しかし、他方で、上記甲号各証のいずれにおいても、本件特許発明が規定する内部応力の数値範囲に含まれるソーワイヤ用ワイヤの記載はなく、また、 ワイヤの使用負荷を大きくした場合における使用後のフリーサークル径の減径及び小波の発生というソーワイヤに特有の課題を解決し、使用後のワイヤを真直な姿勢に維持できるようにするための手段として、本件特許発明のにように、ソーワイヤ用ワイヤの表面層の内部応力を所定の数値範囲に制限し、その内部応力の絶対値を小さくする構成を採用することが有用であることについての記載も示唆もない。

(中略)

ウそうすると、上記イ(ア)の各事実を考慮しても、本件出願時において、使用後のフリーサークル径の減径及び小波の発生というソーワイヤに特有の課題を解決し、使用後のワイヤを真直な姿勢に維持できるようにするために、本件特許発明が規定する径サイズ及び内部応力の数値範囲に含まれるタイヤコード用ワイヤ(甲1、2)を、ソーワイヤ用ワイヤの用途に使用することを試みることについて契機又は動機付けとなるものがあったとまで認められないから、当業者といえども、甲1ないし3を組み合わせて、本件特許発明に容易に想到し得たものとは認められない。
 したがって、本件特許発明に容易に想到し得たとする原告の主張は理由がない。



発明の名称: ソーワイヤ用ワイヤ
特許第2957571号

訂正後の【請求項1】
 シリコン、石英、セラミック等の硬質材料の切断、スライス用に用いられるソーワイヤであって、径サイズが0.06〜0.32mmφで、ワイヤ表面から15μmの深さまでの層除去の前後におけるソーワイヤの曲率変化から求めた内部応力が0±40kg/mm (+側は引張応力、−側は圧縮応力)の範囲に設定されていることを特徴とするソーワイヤ用ワイヤ。





「電磁弁用ソレノイド」事件
*進歩性あり
<拒絶査定不服審判における請求不成立の特許庁審決(出願拒絶)を取り消した。
 本願発明の数値限定には、それなりの技術的意義があり、単に臨界的意義を見出すことができないとのみすることは妥当ではない。>

事件番号  平成19年(行ケ)第10298号
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日  平成20年03月26日
裁判所名  知的財産高等裁判所
判決データ:  PAT-H19-Gke-10298.pdf


イ そして、図6の記載は以下のとおりである。


   


ウ 上記各記載については、以下のとおり整理できる。コイルの短辺側巻外径Wと仮想円柱鉄心の直径dとの間に、d=(0.4〜0.8)Wの関係を持たせるとの点については、上記【0025】の(15)式でdを0〜1の間で変化させた場合にd=0.618で吸引力Fが最大となることから、このときの吸引力を図6の最大値(100%)とし、吸引力Fの値(縦軸に示される)がその75%以上を示す範囲を適正範囲とすると、このときのdとWとの比率(d/W、横軸に示される)を図6から求めると、0.4〜0.8の範囲となることによるものである。

(中略)

イ 審決が上記周知技術として引用するところによれば、鉄心の断面が長円形状のものを用いたソレノイドにおいても、コイル巻数、コイル一巻きの巻数の平均長さ、コイル巻線の断面積、鉄心の断面積を等しくすれば、短幅や吸引力を等しくすることができることについては周知技術であると認められる。
 しかし、本願発明は、上記のとおりコイルにおける短軸側の巻外径Wを一定にした場合に、固定鉄心及び可動鉄心の断面形状は円よりも長円または略長方形にしたほうが同じ鉄心断面積であっても吸引力が大きくなる点に注目し、その観点から相違点1に係るd=(0.4〜0.8)Wとの式を求めたものであるから、この点に関し上記引用例には記載も示唆もされていないことからして、上記周知技術の内容から本願発明の相違点1に係る構成を容易に想到できたとすることはできないというべきである。

(中略)

 本願発明は、長円にした際に、単に吸引力を発揮することを目的としたものではなく、コイルの巻外径Wが一定であることを前提として、かつ同じ鉄心断面積であっても円よりも吸引力が大きくなるようにしたものであり、単に鉄心の断面形状を円から長円にしたものではなく、また@d=(0.4〜0.8)Wとの点、A1.3≦a/b≦3.0との点のいずれの数値限定についても、既に検討したとおりそれなりの技術的意義を有するものであるから、単に臨界的意義を見出すことができないとのみすることは妥当ではない。

(中略)

 本願発明は、「上記固定鉄心、可動鉄心及びボビンの中心孔の断面形状を長円または略長方形にする」ことだけでなく、「ボビンに巻かれた断面が長円または略長方形のコイルの短軸側または短辺側の巻外径Wと、コイルの内側の断面積Sと同じ断面積の仮想円柱鉄心の直径dとの間に、d=(0.4〜0.8)Wの関係を持たせ、 上記固定鉄心及び可動鉄心の断面における長軸または長辺の長さaと短軸または短辺の長さbとの比率を、1.3≦a/b≦3.0とした」(特許請求の範囲)ことを特徴とするものである。
 すなわち、「上記固定鉄心、可動鉄心及びボビンの中心孔の断面形状を長円または略長方形に」し、「ボビンに巻かれた断面が長円または略長方形のコイルの短軸側または短辺側の巻外径Wと、コイルの内側の断面積Sと同じ断面積の仮想円柱鉄心の直径dとの間に、d=(0.4〜0.8)Wの関係」を持たせ、その上で、「固定鉄心及び可動鉄心の断面における長軸または長辺の長さaと短軸または短辺の長さbとの比率を、1.3≦a/b≦3.0」としたものであり、これによって、コイルの短軸側の巻外径Wと鉄心の断面形状を特定するものである。
 そして、このような構成とすることにより、コイル巻外径Wが一定のもとで、鉄心断面積を変更せずに、投下コストを増大させることなく吸引力を増大させたものである。上記「d=(0.4〜0.8)Wの関係」の数値はコイル巻外径Wが一定のもとで鉄心断面積を変更しないことを規定するためのものであり、また「1.3≦a/b≦3.0」の数値はコイル巻外径Wが一定のもとで鉄心断面積を変更しないことを前提に投下コストを増大させることなく吸引力を増大させる範囲を定めるための数値であり、これらは、その数値範囲の内外における臨界的現象から数値を規定したものではない。
 したがって、上記「1.3≦a/b≦3.0」の数値限定について臨界的意義を見出せないとし、また「ソレノイドの断面形状としての長円であれば、かかる数値限定の範囲に属する長円は普通に実施されているというべきものであり、その数値限定の範囲が格別のものともいえない」(審決5頁13行〜15行)として、相違点2に係る本願発明の構成とすることは当業者が容易に想到できたとする審決の判断は誤りというべきである。



発明の名称: 電磁弁用ソレノイド
特願2000−393044号
特開2002−188745号

【請求項1】
 コイルを巻いたボビンと、該ボビンの中心孔に装着した固定鉄心と、該ボビンの中心孔に摺動可能に挿入され該ボビンの中心孔内に吸引力作用面を有し該コイルへの通電により吸引される可動鉄心と、これらを囲む磁気枠とを有し、ボディ幅がボディ奥行より短い電磁弁用ソレノイドにおいて、
 上記固定鉄心、可動鉄心及びボビンの中心孔の断面形状を長円または略長方形にすると共に、
 該ボビンに巻かれた断面が長円または略長方形のコイルの短軸側または短辺側の巻外径Wと、コイルの内側の断面積Sと同じ断面積の仮想円柱鉄心の直径dとの間に、d=(0.4〜0.8)Wの関係を持たせ、
 上記固定鉄心及び可動鉄心の断面における長軸または長辺の長さaと短軸または短辺の長さbとの比率を、1.3≦a/b≦3.0とした、ことを特徴とする電磁弁用ソレノイド。


     図3
    

      図7
  


      図8
  

【図3】鉄心形状の最適化を計算により求めるために、本発明に係る電磁弁用ソレノイドのコイル形状パラメータを示した平面図である。
【図6】コイルの巻外径Wに対する鉄心径dの割合(d/W)を変化させた場合の吸引力の最大吸引力に対する割合を示す図である。
【図7】断面長円鉄心の断面積Sを一定の大きさ(S=45.4mm)にした状態で長円の長軸aと短軸bとの比率a/bを変化させた場合の、投下コストを考慮した吸引力の指標(x/y−1)を示す図である。
【図8】断面長円鉄心の断面積Sを一定の大きさ(S=91.6mm)にした状態で長円の長軸aと短軸bとの比率a/bを変化させた場合の、投下コストを考慮した吸引力の指標(x/y−1)を示す図である。





「プラズマ処理装置」事件
*進歩性なし
<拒絶査定不服審判における請求不成立の特許庁審決(出願拒絶)の判断に誤りはない。
 本願発明の数値限定には、特に臨界的意義があるというわけでもない。>

事件番号  平成19年(行ケ)第10159号
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日  平成20年03月19日
裁判所名  知的財産高等裁判所 
判決データ:  PAT-H19-Gke-10159.pdf

(3) さらに、原告は、新規事項の追加状態を解消する補正は、記載不備状態を解消するためのものであり、第三者に不測の不利益を与えることもないから、特許請求の範囲の不明りょうな記載を明りょうな記載に補正するものとして取り扱うべきであると主張する。
 しかし、特許法17条の2第4項4号は、「明りょうでない記載の釈明(拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてするものに限る。)」と規定しているから、「明りょうでない記載の釈明」を目的とする補正は、法律上、審査官が拒絶理由中で特許請求の範囲が明りょうでない旨を指摘した事項について、その記載を明りょうにする補正を行う場合に限られており、原告の主張する「新規事項の追加状態を解消する」目的の補正が特許法17条の2第4項4号に該当する余地はない。

(4) 本件補正は、補正前の請求項3の「前記ガス噴射孔の先端と前記被処理体のエッジとの間の水平方向の距離は、膜厚の面内均一性を5%以下にするために0〜70mmの範囲内に設定されることを特徴とする請求項1又は2記載のプラズマ処理装置。」を「前記ガス噴出孔の先端と前記被処理体のエッジとの間の水平方向の距離は、0〜70mmの範囲内に設定されることを特徴とする請求項1又は2記載のプラズマ処理装置。」に変更するものである。
 本件補正は、補正前の請求項3から、発明の内容を規定する「膜厚の面内均一性を5%以下にするために」という文言を削除するものであるから、「請求項に記載した発明を特定するために必要な事項を限定する」補正に該当しないことは明らかであり、特許法17条の2第4項2号に規定する「特許請求の範囲の減縮」を目的とする補正に該当しない。
(5) 以上のとおり、本件補正は、特許法17条の2第4項各号のいずれにも当たらないから、同項の規定に違反するものとして却下されるべきであるとした審決の判断に誤りはない。

(中略)

 上記の記載によれば、周知例1及び2に記載されたプラズマ薄膜形成装置では、原料ガスノズルとウエハとの間の距離は、50mmから100mm程度の範囲とされていることが認められる。
(3) また、プラズマ薄膜形成装置で処理される被処理体(半導体ウエハW)の直径は、一般に200mm程度であるところ、原料ガスノズルがウエハに近すぎるとガスが不均一となり、遠すぎると原料ガスがウエハに十分供給されなくなることは技術常識であるから、原理的にみても、原料ガス供給ノズルとウエハとの間の距離は、50mmから100mm程度とするのが通常であると考えられる。
 プラズマ薄膜形成装置において、ノズルと支持載置面との間の距離は、一般に100mm程度の範囲であり、それから大きく離れることはないと考えれるから、第2図から読み取った「約0.25倍」との値が不正確であったとしても、刊行物記載発明において、ノズルと支持載置面との間の垂直方向の距離が約112.5mmとなっているとした審決の認定に誤りはない。
(4) 以上の検討結果からすれば、50mmから100mm程度の数値範囲において、膜形成に好適な条件を調べることは、当業者に普通に期待することのできる創意工夫の範囲内のものということができる。
 そして、本件出願の図5(甲第7号証)には、ノズル52と被処理体(ウエハW)との間の垂直方向の距離G[mm]と膜厚の面内均一性の測定例が示されており、距離Gを55mm、75mm、95mmと変化させると、膜厚の面内均一性が向上し、「SiH4 15sccm、02 13sccm」の処理ガスを用いた条件下で、距離Gが65mmになると、面内均一性が±5%以下になり、さらに、距離Gが75mm以上では、膜厚の面内均一性が±2.5%とほぼ一定になることが認められる(本願明細書の段落【0029】)ものの、距離Gが65mm前後で膜厚の面内均一性は緩やかに現象傾向を示しているから、上記65mmという距離に特に臨界的意義があるというわけでもない。

(中略)

(6) 以上のとおり、仮に、審決のした「約0.25倍」との値が不正確であったとしても、刊行物記載発明において、ノズルと支持載置面との間の垂直方向の距離が約112.5mmとなっているとした審決の認定に誤りはなく、本願発明1において、ガス噴出孔(ノズル)と被処理体との間の垂直方向の距離を65mm以上に設定することは、当業者が容易にすることができたことである。したがって、相違点についての審決の判断に誤りはない。


発明の名称: プラズマ処理装置
特願2001−190493号

【請求項1】
 気密な処理容器内に配置された被処理体に対してプラズマ処理を施すプラズマ処理装置において、
 前記処理容器の外に設けられたアンテナ部材と、
 前記アンテナ部材に接続された高周波電源と、
 前記被処理体を保持する載置台と、
 複数の処理ガス供給通路を備え、前記処理ガス供給通路と連通する処理ガス噴出孔から前記処理容器内に処理ガスを供給するためのガス供給部と、
 前記処理容器内を排気するための排気口と、を備え、
 前記ガス供給部は、前記被処理体面より上側に配置され、前記処理ガス供給通路と連通する前記処理ガス噴出孔の位置が、前記処理容器の周方向に位置し、略均等に配置されて、前記処理容器内の中心部に向かって処理ガスを放出するようになされると共に、前記ガス噴射孔と前記被処理体との間の垂直方向の距離が65mm以上に設定されていることを特徴とするプラズマ処理装置。





「誘電体バリア放電ランプ、および照射装置」事件
*進歩性なし
<特許無効審判における請求不成立の特許庁審決(特許維持)を取り消した。
 特定OH基に着目し、その割合を特定したことに技術的意義は認められず、単なる設計的事項以上のものということはできない。>

事件番号  平成17年(行ケ)第10506号
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日  平成20年02月21日
裁判所名  知的財産高等裁判所 
判決データ:  PAT-H17-Gke-10506.pdf

(2) 判断
 本件明細書の特許請求の範囲の請求項1及び2においては、放出される光の波長について何ら記載がない。また、発明の詳細な説明欄には、本件発明において、特定OH基の割合を特定するに当たり、透過率をみる波長として図4に示される160 nm に着目することに何らかの意義があることを示した記載を見いだすことはできないし、160 nm 以外の波長について、特定OH基の割合を低下させれば、図4記載のように透過率が大きくなるとする根拠を見いだすこともできない。
 そうすると、特定OH基の割合を低下させれば波長160 nm の真空紫外光の透過率が大きくなる関係が理解されるにしても、本件明細書の記載上放出される光の波長について何ら特定されない本件発明において、波長160nm の真空紫外光の透過率が大きくなることによって、格別の技術的意義が生じるものと認めることはできない。
 したがって、本件明細書の記載から、特定OH基の割合を0.36以下であると特定することにより、真空紫外光の石英ガラス自身による吸収を良好に抑えることができるとともに、紫外線照射によるダメージを軽減できるようにするとの作用効果(技術的意義)が生ずると解することはできない。


(中略)

 本件出願当時、放電容器を石英ガラスとするエキシマランプとして、Xe を放電ガスとして用い、中心波長172nm のエキシマ光を得るものに限らず、中心波長222nm のエキシマ光を得るKrCl、中心波長308nm のエキシマ光を得るXeCl などを用いるものも知られていたことが認められる。
(イ) これに対し、本件明細書の特許請求の範囲の請求項1及び2においては、放出される光の中心波長について何ら記載がないのであるから、本件発明は、Xe を放電ガスとして用い、中心波長172nm のエキシマ光を用いるものに限定されるのではなく、中心波長222nm のエキシマ光を得るKrCl、中心波長308nm のエキシマ光を得るXeCl などを用いるものも含むものと解される。
 以上のとおり、本件発明がXe を放電ガスとして中心波長172nm の発光を得るものであることを前提とする被告の上記主張は、本件明細書の記載に基づかないものであって、前提を欠くものである。
 波長160 nm の真空紫外光の透過率に基づいて特定OH基の割合を特定したことの技術的意義をいう被告主張は、放電ガス、あるいは中心波長について、何ら特定のない、本件発明の「誘電体バリア放電ランプ」ないし「照射装置」について、被告主張に係る技術的意義が存在するものということはできない。

(中略)

(イ) 同表によれば、いずれの合成石英ガラスにおいても、ランプ照射後、特定OH基の割合は徐々に減少し、SUPRASIL F310 では25時間照射後に0.353、SUPRASIL P20 及びES では100時間照射後にそれぞれ0.336、0.311となっており、本件発明で特定される0.36以下の範囲のものとなっていることが認められる。
 上記表の数値は、甲4の図3及び図7から読み取ったデータに基づくものであるので、数値自体厳密に正確なものとはいえず、また、ガラスの厚みにより要する時間の多少はあるにせよ、上記表によれば、特定OH基を含む石英ガラスにXe 誘電体バリア放電ランプを照射すれば、使用当初の特定OH基の割合が0.36以上であっても、相応の時間(数十時間程度)が経過すると、0.36以下になることは推測に難くないものと認められる。
(ウ) 本件発明1は、放電容器が石英ガラスからなる誘電体バリア放電ランプ、本件発明2は、誘電体バリア放電ランプからの紫外線を取り出す窓部材石英ガラスよりなる照射装置であるから、Xe を放電ガスとしてこれらを使用すれば、いずれにおいても、石英ガラスがXe 誘電体バリア放電ランプからの紫外線を照射されることになる。
 そうすると、誘電体バリア放電ランプの寿命が約1000時間とされる(甲8、29頁右欄「3.3 寿命」の欄)ところ、使用当初の特定OH基の割合が0.36以上か否かにかかわらず、数10時間程度の照射で0.36以下という本件発明1の要件を満たすことになるので、本件発明を特定するに当たり、特定OH基の割合を0.36以下と規定したことは、使用につれて変化する特定OH基の割合について、単に、使用中のある時点(寿命と対比して、使用開始から相当短い時点)の数値を特定したにすぎないことになり、真空紫外光の石英ガラス自身による吸収を良好に抑えるとともに紫外線照射によるダメージを軽減することができるといった、本件明細書記載の格別の技術的意義を生ずるような特定とはいえず、単なる設計的事項以上のものということはできない。
(4) 小括
 以上の検討によれば、本件発明において、特定OH基に着目し、その割合を特定したことに技術的意義は認められず、単なる設計的事項以上のものということはできない。
 したがって、本件発明1の相違点2に係る構成について、本件特許明細書記載の作用効果に基づく意義があることを前提として、本件発明1の想到容易性を否定した審決の判断は、根拠を欠くものであって、誤りである。


発明の名称: 誘電体バリア放電ランプ、および照射装置
特許第3346291号

【請求項1】
 石英ガラスからなる放電容器の内部に誘電体バリア放電によってエキシマ分子を形成する放電用ガスが充填され、この放電容器の少なくとも一部に光透過性部分が形成されている誘電体バリア放電ランプにおいて、前記光透過性部分における非水素結合性OH基の割合が、全体のOH基に対して、0.36以下であることを特徴とする誘電体バリア放電ランプ。

   図4
    





「耐久性の優れた偏光フィルムの製造法」事件
*進歩性なし
<特許庁による特許を無効とする審決の判断に誤りはない。
 本件発明の効果は、幅減少率のみならず、それ以外の要因(平均重合度等)にもよるものと推認することができるから、PVAフィルム幅を特定の範囲内に収縮させることのみによる効果が格別顕著なものであるとまでは認めることができない。>

事件番号  平成19年(行ケ)第10256号
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日  平成20年01月30日
裁判所名  知的財産高等裁判所
判決データ:  PAT-H19-Gke-10256.pdf

ウ 以上によれば、PVAフィルムを使用して偏光フィルムを製造する際、フィルムを一方向に延伸するという一軸延伸工程の意義は、ポリビニルアルコールを一軸方向に分子配向することにより偏光効果を高めるという点にあり、しかも、幅方向に収縮しないよう延伸する方法(ワイド・ストレッチ)より、積極的に幅方向の収縮を行わせる延伸方法(ピュアー・ストレッチ)の方が分子配向性に優れ、その結果、偏光効果が高まることが認められる。
 そして、本件発明は、「耐久性に優れ且つ高偏光度を有する偏光フィルムの製造法に関する」(甲10段落【0001】)ものであり、解決しようとする課題は、偏光性能と耐久性のいずれもが優れたPVA系偏光フィルムを開発しようとするものであるから(段落【0003】)、耐久性の向上のみを課題とするものではなく、むしろ偏光性と耐久性のバランスをより高いレベルで保持することに課題があるということができる。
 そうすると、偏光性能の改良に関する甲3文献及び甲4公報の上記記載に基づきピュアー・ストレッチによる延伸方法(幅方向を収縮するような一軸延伸方法)を採用することは、正に本件発明の技術課題に関係し、かつ、本件発明の課題解決に資するものということができるから、本件発明のような偏光フィルムの製造に関する技術分野における通常の知識を有する者(当業者)は、引用例(甲2)の「発明の要約」(「本発明の目的の一つは改善された耐熱性や耐湿熱性を有する偏光フィルムを提供することである」との記載、訳文2頁下1行〜3頁1行)のほか甲3文献及び甲4公報の上記記載に接することで、偏光効果の高いPVA偏光フィルムを製造するために幅方向の収縮を行わせる一軸延伸方法を試みることを容易に想到することができるというべきであって、その際、甲3文献及び甲4公報の上記記載が耐久性に直ちに関係しないとしてもなお、本件発明に適用することについて動機付けに欠けることにはならないというべきである。

(中略)

 フィルム幅減少率を本件発明と同様の構成にした場合(実施例1、3、4)は、そうでないもの(対照例2)と比べて、製造直後の偏光度においてはむしろ劣っている場合があり(実施例4の製造直後の偏光度参照)、必ずしも本件発明の効果が顕著に優れているとまでは認め難い。
 また、上記比較においては、フィルム幅減少率を本件発明と同様の構成にした場合の方が耐久性は優れている傾向が認められる。しかし、引用例(甲2)には、高重合度のPVAを用いた偏光フィルムについて、「…従来のものに比べて高い比率で延伸し得るこの偏光フィルムは光学特性に優れ、かつ高い耐熱性と耐湿熱性を有する。」(訳文9頁17行〜19行)として、延伸比率を高めることが耐久性の向上に資する旨が開示されている。そうすると、引用例に接した当業者においては、延伸比率の低い対照例2(幅減少率70%)のものより同比率の高い他の実施例4(同53%)等の方が耐久性に優れたものとなり得ることは当然に予測できるものであって、これが格別のものであるとは認め難い。

(中略)

 本件発明の効果は、幅減少率のみならず、それ以外の要因(平均重合度等)にもよるものと推認することができるから、PVAフィルム幅を特定の範囲内に収縮させることのみによる効果が格別顕著なものであるとまでは認めることができない

(中略)

エ そうすると、本件発明の効果が引用発明や周知技術から当業者が予測できる範囲内のものであるとした審決の判断が誤りということはできない。



発明の名称: 耐久性の優れた偏光フィルムの製造法
特許第2895435号

訂正後の【請求項1】
 平均重合度2600以上のポリビニルアルコール系樹脂フィルムを該樹脂の水溶液を流延することにより製膜した後、得られたフィルムに対してヨウ素染色、一軸延伸及びホウ素化合物溶液中での浸漬処理を行って偏光フィルムを製造するに当たり、ホウ素化合物溶液中での浸漬処理中に一軸延伸し、延伸後のフィルム巾が延伸前のフィルム巾の60%以下(ただし40%を下限とする)になるように、一軸延伸することを特徴とする耐久性の優れた偏光フィルムの製造法。





「金属のりん酸塩皮膜化成処理前の表面調整用前処理液」事件
*進歩性なし
<特許庁による特許を無効とする審決の判断に誤りはない。>

事件番号  平成18年(行ケ)第10470号
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日  平成19年10月30日
裁判所名  知的財産高等裁判所 
判決データ:  PAT-H18-Gke-10470.pdf

 甲第1号証の記載に周知事項(水中に分散したモンモリロナイトないしベントナイトの粒子の大きさが0.2μm以下であること)を適用することによって、相違点(ハ)に係る本件発明の構成(モンモリロナイトの平均粒径が0.5μm以下)となることが認められ、当業者が本件特許出願当時の周知事項を参酌して、引用発明に基づいて上記構成とすることは容易であるといえるから、審決の相違点(ハ)についての判断に誤りはない。


発明の名称: 金属のりん酸塩皮膜化成処理前の表面調整用前処理液
特許第3451334号

訂正後の【請求項1】
 粒径が5μm以下の少なくとも1種以上の2価もしくは3価の金属のりん酸塩粒子であって亜鉛を含むものと、アルカリ金属塩もしくはアンモニウム塩またはこれらの混合物と、アニオン性に帯電し分散した酸化物微粒子と、を含有し、pHを4〜13に調整したことを特徴とする金属のりん酸亜鉛皮膜化成処理前の表面調整用前処理液であって、前記アニオン性に帯電し分散した酸化物微粒子の平均粒径が0.5μm以下である、金属のりん酸亜鉛皮膜化成処理前の表面調整用前処理液。





「半導体露光装置」事件
*進歩性なし
<拒絶査定不服審判における請求不成立の特許庁審決(出願拒絶)の判断に誤りはない。
 周知技術に基づいて本件補正発明を為すことは当業者において容易であり、ヤング率の下限値を130GPaとした臨界的意義を見い出すこともできない。>

事件番号  平成18年(行ケ)第10234号
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日  平成19年03月30日
裁判所名  知的財産高等裁判所
判決データ:  PAT-H18-Gke-10234.pdf

(2) ヤング率の臨界的意義
ア 本件補正発明の特許請求の範囲(請求項1)においては、「ヤング率が130GPa以上のセラミックスからなること」とし、数値限定を加えている。しかし、本件明細書(甲10の1)の【表1】等(段落【0020】〜【0025】)によれば、本件補正発明の実施例において、ヤング率の下限値は130GPaであり、下限値の直上の数値は、135GPa、141Pa、142GPaと、数GPa間隔であるのに対し、比較例のヤング率は、唯一90GPaと、実施例の下限値より40GPaも離れた数値であるから、比較例の数値が上記下限値の近傍値とは認められず、ヤング率の下限値を130GPaとした臨界的意義は見い出すことはできない。
イ この点に対して、原告らは、本件明細書及び甲9によれば、ヤング率の減少に伴って振動停止時間が急勾配で増大していく領域と、ヤング率の増大に伴って振動停止時間が緩やかに減少していく領域との交点(変曲点)が、ヤング率130GPaと90GPaとの間に存在し、ヤング率を130GPa以上としたときにあっては、振動停止時間が高強度セラミックスに近い短時間レベルとなることが確実であるのに対し、ヤング率を130GPaよりも低く設定したときにあっては、振動停止時間が著しく長くなるおそれがあるといえるから、ヤング率を130GPa以上としたことの数値限定について臨界的意義は明確である旨主張する。
 しかし、前記アのとおり、本件明細書(甲10の1)には、ヤング率が130GPa未満の比較例は、90GPaのものが一例記載されているだけで、しかも130GPaと数値が40GPaも離れていることに照らすならば、ヤング率と振動停止時間との関係について、原告らが主張するような変曲点が存在するとしても、それが130GPa又はその近傍に存在するものとは認められないので、ヤング率を130GPa以上としたことに臨界的意義があるという原告らの主張は採用することができない。
(3) 相違点に係る容易想到性について
ア 前記(1)及び(2)のとおり、審決が容易想到性を判断する基礎とした各認定に誤りはない。
 すなわち、審決が、@「コージェライトが緻密になり高強度化されれば、半導体露光装置における支持部材として有用であるということ」は当業者にとって自明であり、「コージェライトを主体とする低熱膨張セラミックスに、希土類元素を酸化物換算で0.3〜8重量%の割合で添加することにより、緻密質な高強度の低熱膨張性のコージェライトセラミックスが得られること」は、周知であること、A「X−Yステージ等の支持部材としてできるだけ低熱膨張率で高強度(ヤング率の高い)の材料を用いるべきであること」は明らかであること、B本件補正発明においてヤング率を130GPa以上としたことの数値限定に格別な臨界的意義はないとしたことを各認定した点に誤りはない。
 また、刊行物1には、低熱膨張セラミックスである既存のコージェライトは、極めて低い熱膨張係数を有するが、多孔質で機械的強度が著しく低いため低熱膨張と同時に高強度が要求される用途には不適であるという問題点があるとされているが、同記載からは、コージェライトにおいても機械的強度(密度、ビッカース硬度、曲げ強度、破壊靭性、ヤング率等)を向上させ、改善させることができれば、低熱膨張と同時に高強度が要求される用途に使用するのに適することが示唆されていると解される。
 さらに、ヤング率を130GPa以上とすることに臨界的意義は見い出せないから、ヤング率等の機械的強度を支持部材に求められる性能等に応じて所定の値に設定することも当業者が通常行う設計的事項にすぎないといえる。
イ そうすると、刊行物1記載の支持部材であるサイアロンセラミックス焼結体に代えて、希土類元素が所定量添加され、緻密化により機械的強度の増大がもたらされたコージェライトを、刊行物1発明の露光装置の支持部材として適用し、かつ、本件補正発明のような値にYまたは希土類元素の含有割合、熱膨張率及びヤング率を特定すること(相違点に係る本件補正発明の構成とすること)は、当業者であれば容易に想到し得たということができる。


発明の名称: 半導体露光装置
特願平9−234634号

【請求項1】(本件補正発明)
 支持部材上に載置された半導体ウエハに対して微細パターンを形成するための露光処理を施こす露光装置において、前記支持部材が、コージェライトを主体とし、Yまたは希土類元素を酸化物換算で3〜15重量%の割合で含有するとともに、10〜40℃における熱膨張率が0.7×10 /℃以下であり、ヤング率が130GPa以上のセ−6ラミックスからなることを特徴とする半導体露光装置。





「カトリス」害虫防除用器具事件
*進歩性なし
本件特許発明における数値範囲について、特段の臨界的意義があるとは到底認められず、本件特許発明によって、従来にない顕著な効果が実現されたということもない。よって、本件特許発明は、当業者が、本件特許出願前に日本において公然知られた発明に基づいて容易に発明をすることができたものといえ、本件特許は、特許無効審判により無効にされるべきものと認められ、被告は、原告に対し、本件特許権を行使することができない。
 なお、被告による文書の配布行為及び情報提供行為は、不正競争防止法2条1項14号の虚偽事実の告知、流布行為に当たらない。>

事件番号  平成18年(ワ)第15425号等
事件名  特許権差止請求権不存在確認請求事件
裁判年月日  平成19年03月20日
裁判所名  東京地方裁判所
判決データ:  PAT-H18-wa-15425.pdf  PAT-H18-wa-15425-1.pdf

第2 事案の概要
 本件は、「KINCHO」の表示を用いて「カトリス」の商品名を有する害虫防除用器具(原告器具、9種類)及び同器具の各取り替えカートリッジ(原告カートリッジ、8種類)を製造・販売する原告が、害虫防除装置に関する特許権を有する被告に対し、原告各製品の製造販売が同特許権を侵害する旨の告知、流布行為の中止を求め(本訴)、被告が、原告に対し、上記特許権に基づき、原告各製品の製造、販売の差止め及び廃棄を求めた(反訴)事案である。

(判旨)
 そうすると、甲6公報において、長期間継続して使用できるように消費電力を極力抑えること、及び、通常の家屋の居室において害虫防除の効果を奏し得る程度に所定の風力を確保するという二つの要請を調整するという上記一般的課題を解決するために、同じく乾電池で動く小型のファンの駆動により薬剤を拡散する害虫防除装置である甲8発明で採用された風量に設定した上、同じく乾電池で動く小型のファンの駆動により薬剤を拡散する害虫防除装置である甲7発明及び甲8発明におけるモータ及びファンを組み合せて、無負荷時のモータの消費電流量、ファンの重量、ファンの排気口の風量の三つの事項についてその数値範囲を定めることは、当業者が容易になし得たことであるというべきであり、本件特許発明におけるこれらの数値範囲について、特段の臨界的意義があるとは到底認められない。
 また、本件特許発明によって奏される効果のうち、設置場所の制約を受けない点、加熱を要しない点については甲6発明において既に実現されていた効果であり、電池駆動により十分な薬剤拡散量及び長時間運転が可能となり経済性を向上させる点についても、前記1(1)エに記載されているとおり、甲6発明において既に実現されていたものであって、本件特許発明によって、従来にない顕著な効果が実現されたということもない。
(7) 小括
 以上によれば、本件特許発明は、当業者が、本件特許出願前に日本において公然知られた発明である甲6発明、甲7発明及び甲8発明に基づいて容易に発明をすることができたものといえるから、本件特許は、特許無効審判により無効にされるべきものと認められる(特許法29条2項、123条1項2号)。したがって、被告は、原告に対し、本件特許権を行使することができない(特許法104条の3第1項)。



(2) 原告は、前記(1)オの甲14文書の内容及び同カの本件情報提供行為の内容に虚偽の事実が含まれており、甲14文書の配布行為及び同カの本件情報提供行為が、不正競争防止法2条1項14号の虚偽事実の告知、流布行為に当たると主張するので、以下、判断する。
ア甲14文書配布行為について
 被告は、甲14文書によって、取引先に対し、「大日本除虫菊(株)の権利侵害は明らかであります。」旨告知した。そして、前記1によれば、被告は、原告各製品の製造販売行為について本件特許権を行使し得ない。
 しかし、当該告知、流布の内容が同条項の「虚偽の事実」に当たるか否かは、当該事実の告知、流布を受けた受け手に真実と反するような誤解を生じさせるか否かという観点から判断すべきである。具体的には受け手がどのような者であってどの程度の予備知識を有していたか、当該陳述が行われた具体的状況を踏まえつつ、当該受け手を基準として判断されるべきである。
 これを本件についてみると、前記2(1)記載のとおり、原告は、被告から原告各製品が本件特許権を侵害している旨の警告を受けたため、被告による甲14文書の配布に先立ち、その取引先に対して、原告各製品は本件特許権を侵害せず、かつ、本件特許権が無効理由を有する旨の乙6文書を配布していること、及び、甲14文書の配布に先立ち、全国紙において、原告が被告に対して原告各製品が本件特許権を侵害していないことの確認を求める訴訟を提起した旨の記事が掲載されたことが認められる。
 以上のような甲14文書配布の経緯、すなわち、原告が本件本訴(一部取り下げ前のもの)を提起し、乙6文書を配布していること、及び、受け手である原告及び被告の取引先がこれらの経緯により取得した予備知識を前提とすると、原告と被告の取引先は、甲14文書の配布を受けたとしても、被告が原告各製品の製造販売行為が本件特許権を侵害するものと認識していると解釈することはあっても、原告各製品が客観的にみて本件特許権を侵害しているものと解するとまでいうことはできない。
 したがって、甲14文書の配布行為を不正競争防止法2条1項14号の虚偽事実の告知、流布行為ということはできない。
イ本件情報提供行為について
 弁論の全趣旨及び前記2(1)カ記載の新聞記事の内容から、被告は、本件情報提供行為の際、新聞記者に対して、@原告が本件本訴(一部取下げ前のもの)を提起したこと、A被告が原告各製品が本件特許権を侵害している旨主張していること、及びB平成18年8月23日に原告各製品が本件特許権を侵害しているとして製造販売の中止を求めて提訴したことを告げたことが認められる。
 しかし、上記@ないしBの事実は、いずれも真実であって虚偽ではない。なお、原告及び被告が、従前、液体電気蚊取り器の特許権をめぐって法廷で争った際には被告が敗訴して確定していることについては、被告に不利な事実であり、原告の営業上の信用を害する事実とはいえないし、そもそも本件情報提供行為を受けた新聞社のうちの一部のみが記載していることからすれば、被告が当該事実を告げたとまでは認められない。
 したがって、本件情報提供行為を不正競争防止法2条1項14号の虚偽事実の告知、流布行為ということはできない。
 なお、原告は、被告が、本件情報提供行為の際、原告各製品が本件特許権を侵害している旨告知した旨主張する。しかし、原告の上記主張を認めるに足りる証拠はない。
 また、仮に、被告が新聞記者に対して原告各製品が本件特許権を侵害している旨告知していたとしても、訴訟の一方当事者がそのような告知を行ったことのみによって、新聞記者が当該告知内容を真実であると誤解するとは認められない。いずれにしても、この点に関する原告の主張は理由がない。


発明の名称: 害虫防除装置
特許第3802196号

【請求項1】
 チャンバと、
 該チャンバの両端に設けた吸気口と排気口と、
 前記チャンバの内部に設けられ前記吸気口から吸気した外気を前記排気口から排気するファンと、
 該ファンを、電圧3Vで、無負荷時の消費電流量が25mA以下で駆動する直流モータと、
 該直流モータへ電源を供給する電池と、
 前記ファンと前記排気口との間に設けられ難揮散性の害虫防除成分を保持した薬剤保持材と、を備え、
 前記ファンは、ファン直径が74mm以下、且つファン重量が30gよりも軽量であり、
 前記排気口から排気される風量は、0.2リットル/sec〜6リットル/secであることを特徴とする害虫防除装置。





「PETボトルの殺菌方法」事件
*進歩性なし
事件番号  平成20年(行ケ)第10112号
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日  平成20年11月13日
裁判所名  知的財産高等裁判所
判決データ:  PAT-H20-Gke-10112.pdf

     主  文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
     事実及び理由
第1 請求
 特許庁が無効2006−80129号事件について平成20年2月20日にした審決のうち「特許第3080347号の請求項1ないし4に係る発明についての特許を無効とする。」との部分を取り消す。
第2 事案の概要
 本件は、原告が、「PETボトルの殺菌方法」とする名称の発明について特許権を有しているところ、その請求項1〜4に係る発明についての特許を無効とする旨の審決を受けたことから、その請求人である被告に対し、審決の取消しを求めた事案である。
 争点は、後出の本件特許発明の請求項1〜4に係る発明が、米国特許第5262126号明細書(1993年11月16日発行。甲2)に記載された発明(1989年〔平成元年〕5月10日出願の米国特許5122340号の分割出願。以下、審決で引用する場合を含め「甲2発明」という。)及び周知技術との関係で進歩性(特許法29条2項)を有するかどうかである。
1 特許庁における手続の経緯
 原告は、平成6年8月22日、名称を「PETボトルの殺菌方法及びその装置」とする発明につき特許出願をし、平成12年6月23日に設定登録を受けた(特許第3080347号、請求項の数5。甲7。以下「本件特許」という。)。
 平成13年2月28日、特許異議の申立てがされたが、平成13年9月3日に請求項5を削除するなどの訂正請求がされたところ(甲22)、平成14年1月15日に訂正を認めて請求項1〜4に係る特許を維持するとの決定がされ、同決定は確定した(甲6)。
 平成18年7月14日、被告から特許無効の審判請求がされ、特許庁に無効2006−80129号事件として係属し、原告は、訂正請求をしたが、平成19年3月13日、「訂正を認める。特許第3080347号の請求項1乃至4に係る発明についての特許を無効とする。」との審決がされた。
 原告は、これを不服として知的財産高等裁判所に同審決の取消しを求める訴え(平成19年(行ケ)第10137号)を提起するとともに、同年7月3日付けで訂正の審判請求をしたところ(甲20)、同裁判所は、同月26日、特許法181条2項により同審決を取り消す旨の決定をしたので(甲21)、同訂正審判の請求書に添付された明細書(以下「本件明細書」という。)を援用する訂正(以下「本件訂正」という。)の請求がされたものとみなされた。
 特許庁は、平成20年2月20日、無効2006−80129号事件につき、「訂正を認める。特許3080347号の請求項1ないし4に係る発明についての特許を無効とする。」との審決をし、その謄本は、同年3月3日、原告に送達された。
2 特許請求の範囲
 本件訂正による訂正後の請求項1〜4に係る発明(以下、審決を引用する場合を含め、その順に従ってそれぞれ「本件発明1」などといい、本件発明1〜4を併せて「本件発明」という。)の内容は、次のとおりである(甲20)。
【請求項1】過酢酸1に対して過酸化水素の重量比が1ないし4となるように過酸化水素が配合されるとともに過酢酸の濃度が1000ppm以上で1500ppmよりも小さくされた過酢酸系殺菌剤を65℃ないし95℃に加温し、ノズルによって倒立状態のPETボトルの少なくとも内面に、100〜300ml/secの流量で8〜15秒間噴射することを特徴とするPETボトルの殺菌方法。
【請求項2】過酢酸1に対して過酸化水素の重量比が1ないし4となるように過酸化水素が配合されると共に過酢酸の濃度が1500ppm以上で2000ppmよりも小さくされた過酢酸系殺菌剤を65℃ないし95℃に加温し、ノズルによって倒立状態のPETボトルの少なくとも内面に、100〜300ml/secの流量で5〜15秒間噴射することを特徴とするPETボトルの殺菌方法。
【請求項3】過酢酸1に対して過酸化水素の重量比が1ないし4となるように過酸化水素が配合されると共に過酢酸の濃度が2000ppm以上で3000ppmよりも小さくされた過酢酸系殺菌剤を60℃ないし95℃に加温し、ノズルによって倒立状態のPETボトルの少なくとも内面に、100〜300ml/secの流量で5〜15秒間噴射することを特徴とするPETボトルの殺菌方法。
【請求項4】過酢酸1に対して過酸化水素の重量比が1ないし4となるように過酸化水素が配合されると共に過酢酸の濃度が3000ppmとされた過酢酸系殺菌剤を60℃ないし95℃に加温し、ノズルによって倒立状態のPETボトルの少なくとも内面に、100〜300ml/secの流量で5〜15秒間噴射することを特徴とするPETボトルの殺菌方法。
3 審決の理由
審決のうち、本件発明1〜4を無効とするとした部分の理由の要旨は、本件発明1〜4は、いずれも甲2発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明することができたものと認められるので、特許法29条2項の規定に該当するものであり特許を受けることができない、というものである。
(1) 審決が認定する本件発明と甲2発明との一致点及び相違点
 ア 本件発明1について
(ア) 一致点
 「過酢酸に対して過酸化水素が配合されるとともに過酢酸の濃度が特定の濃度範囲に限定された殺菌剤を特定の温度範囲に限定された温度に加温する殺菌方法。」(23頁20〜22行)
(イ) 相違点1
 「本件発明1は、殺菌対象がPETボトルであるのに対し、甲2発明は殺菌対象が紙層を含む積層材を有する食品容器である点。」(23頁25、26行)
(ウ) 相違点2
 「本件発明1は、ノズルによって倒立状態の容器の少なくとも内面に100〜300ml/secの流量で8〜15秒間殺菌剤を噴射するのに対し、甲2発明は、殺菌剤に浸漬する点。」(23頁28〜30行)
(エ) 相違点3
 「本件発明1は、過酢酸1に対して過酸化水素の重量比が1ないし4となるように過酸化水素が配合されるとともに過酢酸の濃度が1000ppm以上で1500ppmよりも小さくされた過酢酸系殺菌剤を65℃ないし95℃に加温しているのに対し、甲2発明は、過酢酸1に対して過酸化水素の重量比が1ないし1.5となるように過酸化水素が配合されることを含むものの、過酢酸1に対して過酸化水素の重量比が1ないし4とは特定されていない過酸化水素が配合されるとともに過酢酸の濃度が特定の濃度範囲に限定された殺菌剤を特定の温度範囲に限定された温度に加温する点。」(23頁32行〜24頁5行)
 イ 本件発明2について
(ア) 上記ア(イ)の相違点1
(イ) 相違点4
 「本件発明2は、ノズルによって倒立状態の容器の少なくとも内面に100〜300ml/secの流量で5〜15秒間殺菌剤を噴射するのに対し、甲2発明は、殺菌剤に浸漬する点。」(28頁25〜27行)
(ウ) 相違点5
 「本件発明2は、過酢酸1に対して過酸化水素の重量比が1ないし4となるように過酸化水素が配合されるとともに過酢酸の濃度が1500ppm以上で2000ppmよりも小さくされた過酢酸系殺菌剤を65℃ないし95℃に加温しているのに対し、甲2発明は、過酢酸1に対して過酸化水素の重量比が1ないし1.5となるように過酸化水素が配合されることを含むものの、過酢酸1に対して過酸化水素の重量比が1ないし4とは特定されていない過酸化水素が配合されるとともに過酢酸の濃度が特定の濃度範囲に限定された殺菌剤を特定の温度範囲に限定された温度に加温する点。」(28頁29行〜29頁1行)
 ウ 本件発明3について
(ア) 上記ア(イ)の相違点1
(イ) 相違点6
 「本件発明3は、ノズルによって倒立状態の容器の少なくとも内面に100〜300ml/secの流量で5〜15秒間殺菌剤を噴射するのに対し、甲2発明は、殺菌剤に浸漬する点。」(30頁34〜末行)
(ウ) 相違点7
 「本件発明3は、過酢酸1に対して過酸化水素の重量比が1ないし4となるように過酸化水素が配合されるとともに過酢酸の濃度が2000ppm以上で3000ppmよりも小さくされた過酢酸系殺菌剤を60℃ないし95℃に加温しているのに対し、甲2発明は、過酢酸1に対して過酸化水素の重量比が1ないし1.5となるように過酸化水素が配合されることを含むものの、過酢酸1に対して過酸化水素の重量比が1ないし4とは特定されていない過酸化水素が配合されるとともに過酢酸の濃度が特定の濃度範囲に限定された殺菌剤を特定の温度範囲に限定された温度に加温する点。」(31頁2〜9行)
 エ 本件発明4について
(ア) 上記ア(イ)の相違点1
(イ) 相違点8
 「本件発明4は、ノズルによって倒立状態の容器の少なくとも内面に100〜300ml/secの流量で5〜15秒間殺菌剤を噴射するのに対し、甲2発明は、殺菌剤に浸漬する点。」(33頁5〜7行)
(ウ) 相違点9
 「本件発明4は、過酢酸の濃度が3000ppmとされた過酢酸系殺菌剤を60℃ないし95℃に加温しているのに対し、甲2発明は、過酢酸1に対して過酸化水素の重量比が1ないし1.5となるように過酸化水素が配合されることを含むものの、過酢酸1に対して過酸化水素の重量比が1ないし4とは特定されていない過酸化水素が配合されるとともに過酢酸の濃度が特定の濃度範囲に限定された殺菌剤を特定の温度範囲に限定された温度に加温する点。」(33頁9〜15行)

(中略)

(7) 本件発明の臨界的意義について
 ア 原告は、本件発明1は、安全性(殺菌効果)を達成しつつ、低コストでPETボトルを殺菌する方法を提供することを目的として、殺菌剤の種類、濃度、適用方法、温度及び時間のすべてについて実験的考察を行いながら、目的を達成する各条件(特に最小値)を見いだした点において、実用的に有用な技術的意義を有する、そして、これらの各殺菌条件の各数値範囲は互いに関連し合いながら臨界的意義を示すものである、と主張する。
 以下、検討する。
 イ 前記(3)ウ(ア)eのとおり、本件明細書の表1〜4によれば、温度及び時間の数量が大きくなるにつれて、「×」から「△」又は「○」に移行し、続いて「◎」に移行するという連続的な変化を示している。
 そして、上記(6)のア〜ウのとおり、一般に、殺菌剤の濃度、温度、流量、時間の各数量が大きくなるほど殺菌効果が高まることは、当業者にとって自明の事項であって、この相対関係による傾向は、上記表1〜4に示された連続的変化とも合致する。
 そうすると、本件発明の数値範囲の内と外における差異は顕著なものではなく、臨界的意義があるとは認められない。

(中略)

(3) 殺菌条件(流量、時間、濃度及び温度)の限定について
 ア 原告は甲2の濃度、 範囲「100ppm〜45000ppm」及び温度範囲「10〜90℃」は広範囲であり、また、甲2は「浸漬」による殺菌方式であるから流量及び時間の規定がなく、仮に甲2の数値範囲を参照したとしても、本件発明1の濃度(1000ppm〜1500ppm)、温度(65〜95℃)、流量(100〜300ml/secの流量)及び時間(8〜15秒間)を見いだすことが容易に想到し得る技術事項ではあり得ない、と主張する。
 イ しかし、前記1(8)イ(イ)のとおり、甲2には、「過酢酸に対して過酸化水素が配合され、過酢酸の濃度が10〜45(重量%)過酸化水素の濃度が1〜15(重量%)で、混合殺菌溶液は水で薄め、10〜90℃で、0.1〜10.0%の濃度で使用される紙層を含む積層包装材の食品容器を浸漬する殺菌方法」の発明が開示されているもので、殺菌剤の濃度及び温度についての数値範囲が本件発明よりも広範囲であるとしても、殺菌剤の濃度及び時間(相違点3)につき、甲2から容易想到であるとの判断ができないことにはならない。
 ウ そして、前記1(6)アのとおり、甲2には、「殺菌剤の濃度を上げると温度を下げることができ、殺菌剤の温度を上げると濃度を下げることができる」との濃度と温度の相対関係が開示されおり、殺菌剤の濃度と温度を特定することは、適切な殺菌効果が得られる範囲で当業者が適宜なし得ることであると認められる。
 さらに、前記1(7)のとおり、本件発明1の濃度及び温度の数値範囲に臨界的意義は見いだせない。
 さらにまた、前記1のとおり審決が本件発明と甲2発明との相違点を不当に分断したとの原告の主張は理由がなく、また、前記(2)のとおり本件発明と甲2発明との相違点2については容易想到であると認められる。
 エ したがって、殺菌条件の限定に関して、審決における相違点2及び3についての容易想到性の判断に誤りがあるとは認められない。





「半導体装置のテスト用プローブ針」事件
<進歩性あり>
事件番号  平成17年(行ケ)第10503号
裁判年月日  平成18年03月01日
裁判所名  知的財産高等裁判所
判決データ:  PAT-H17-Gke-10503.pdf

     主 文
  原告の請求を棄却する。
  訴訟費用は原告の負担とする。
     事実及び理由
第1 原告の求めた裁判
 「特許庁が無効2004−80105号事件について平成17年4月18日にした審決を取り消す。」との判決。
第2 事案の概要
 本件は、特許に対する無効審判請求の不成立審決の取消しを求める事件であり、原告は無効審判の請求人、被告は特許権者である。
 1 特許庁における手続の経緯
 (1) 被告は、発明の名称を「半導体装置のテスト方法、半導体装置のテスト用プローブ針とその製造方法およびそのプローブ針を備えたプローブカード」とする特許第3279294号(請求項の数7。平成11年8月27日に出願(優先権主張日平成10年8月31日)、平成14年4月22日に設定登録。)の特許権者である。(甲2)
 (2) 原告は、平成16年7月16日、上記特許のうち、請求項2、3及び7に係る特許について無効審判の請求をし(無効2004−80105号事件として係属)、これに対し、被告は、平成16年10月4日、明細書の訂正(以下「本件訂正」という。)を請求した。(甲8の1、3)
 (3) 特許庁は、平成17年4月18日、「訂正を認める。本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、同月28日、その謄本を原告に送達した。
 2 特許請求の範囲の請求項2、3及び7の記載
 (1) 本件訂正請求による訂正前のもの(甲2)
 【請求項2】先端部を半導体装置の電極パッドに押圧し、上記先端部と上記電極パッドを電気的接触させて、半導体装置の動作をテストする半導体装置のテスト用プローブ針において、上記プローブ針は側面部と先端部から構成され、上記先端部は球状の曲面であり、上記曲面の曲率半径rを10≦r≦20μmとしたことを特徴とする半導体装置のテスト用プローブ針。
 【請求項3】先端部を半導体装置の電極パッドに押圧し、上記先端部と上記電極パッドを電気的接触させて、半導体装置の動作をテストする半導体装置のテスト用プローブ針において、上記プローブ針の先端部の形状は、上記押圧による電極パッドとの接触によりせん断が発生する球状曲面形状であって、かつ、表面粗さは0.4μm以下であることを特徴とする半導体装置のテスト用プローブ針。
 【請求項7】複数のプローブ針を上下動して、半導体装置の電極パッドに当接させ、上記半導体装置をテストするプローブカードにおいて、上記プローブ針は、請求項2乃至5のいずれかに記載の半導体装置のテスト用プローブ針であること特徴とするプローブカード。」
 (2) 本件訂正請求による訂正後のもの(甲8の3、下線部が訂正箇所である。以下、請求項記載の番号に従い「本件第2発明」、「本件第3発明」及び「本件第7発明」という。)
 【請求項2】先端部を半導体装置の電極パッドに押圧し、上記先端部と上記電極パッドを電気的接触させて、半導体装置の動作をテストする半導体装置のテスト用プローブ針において、上記プローブ針は側面部と先端部から構成され、上記先端部は球状の曲面であり、上記曲面の曲率半径rを10≦r≦20μm、表面粗さを0.4μm以下としたことを特徴とする半導体装置のテスト用プローブ針。
 【請求項3】先端部を半導体装置の電極パッドに押圧し、上記先端部と上記電極パッドを電気的接触させて、半導体装置の動作をテストする半導体装置のテスト用プローブ針において、上記プローブ針の先端部の形状は、上記押圧による電極パッドとの接触により当該電極パッドにせん断を発生させる球状曲面形状であって、かつ、表面粗さは0.4μm以下であることを特徴とする半導体装置のテスト用プローブ針。
 【請求項7】複数のプローブ針を上下動して、半導体装置の電極パッドに当接させ、上記半導体装置をテストするプローブカードにおいて、上記プローブ針は、請求項2乃至5のいずれかに記載の半導体装置のテスト用プローブ針であること特徴とするプローブカード。

(中略)

 2 取消事由2(本件第2発明の容易想到性の判断の誤り)について
 (1) 本件第2発明の構成Aは、「曲面の曲率半径rを10≦r≦20μm、表面粗さを0.4μm以下とした」というものであるが、甲3ないし6には、この構成Aについて、記載がない。そして、上記1のとおり、本件第2発明は、構成Aを備えることによって、急激にコンタクト回数を増やすことができるという格別の作用効果を奏するから、本件第2発明は、甲3ないし6に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたということはできない。
 (2) 原告は、本件第2発明の構成Aは、「電極パッドの厚さ約0.8μm」を前提としない限り、訂正明細書に記載された効果と何の関連もないと考えざるを得ないから、従来公知の半導体装置のテスト用プローブ針と何ら異なるところはなく、甲3ないし6に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明することができたと主張する。
 本件明細書(甲8の3)の段落【0025】ないし【0045】の記載は、当初明細書のそれと同一であるところ、上記1のとおり、当初明細書の段落[0045]の「表面粗さが0.4μm程度以下で急激にコンタクト回数を増やすことができること」は、実施の形態1で示された曲率半径rが10≦r≦20μmのものについて妥当するのであり、本件第2発明は、電極パッドの厚さを特定しなくても、急激にコンタクト回数を増やすことができるという格別の作用効果を奏するから、本件第2発明の構成Aは、「電極パッドの厚さ約0.8μm」を前提とするものではない。
 原告の上記主張は、採用の限りでない。
 (3) 以上によれば、審決の判断に誤りはなく、原告主張の取消事由2は、理由がない。


<関連事件判決 : 進歩性無し>
事件番号  平成20年(行ケ)第10266号
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日  平成21年03月25日
裁判所名  知的財産高等裁判所 
判決データ:  PAT-H20-Gke-10266.pdf

    主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
   事実及び理由
第1 請求
 特許庁が無効2006−80243号事件について平成20年6月11日にした審決を取り消す。
第2 事案の概要
1 原告は、名称を「半導体装置のテスト方法、半導体装置のテスト用プローブ針とその製造方法およびそのプローブ針を備えたプローブカード」とする発明について本件特許(特許第3279294号。平成11年8月27日出願、優先権主張平成10年8月31日〔日本〕、平成14年2月22日設定登録。請求項の数7、特許公報は甲61)を有していた。
 本件は、原告が有する上記特許の請求項2、3及び7について被告が無効審判請求をしたところ、特許庁が「特許第3279294号の請求項2、3、7に係る発明についての特許を無効とする」と。の審決をしたことから、特許権者である原告がその取消しを求めた事案である。
 争点は、本件各発明が、特開平5−273237号公報(甲36)に記載された発明及び「プローブカードのプローブ針先端処理(タングステンプローブ針の粗面仕上げ管理基準)」(甲19、20参照。以下、審決の呼称に準じて、「甲19管理基準表」という。)に記載された公知の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたかどうか(進歩性の有無〔特許法29条2項〕)、である。
2 特許庁等における手続
(1) 第1次審決
 本件特許の請求項2、3及び7につき、被告が、特許庁に対し、第1次無効審判請求(無効2004−80105号)をし、その中で、原告が、訂正請求を行ったところ、特許庁は、審理の上、平成17年4月18日付けで、「訂正を認める。本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をした(第1次審決〔甲64〕)。そこで、被告が上記審決の取消しを求めて訴訟を提起したところ、知的財産高等裁判所は、平成18年3月1日、請求棄却の判決をした(第1次判決〔甲65〕、平成17年(行ケ)第10503号)。
(2) 第2次審決
 本件特許の請求項2及び3につき、被告が、特許庁に対し、第2次無効審判請求(無効2005−80177号)をしたところ、特許庁は、審理の上、平成18年12月22日付けで、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をした(第2次審決〔甲66〕)。そこで、被告が上記審決の取消しを求めて訴訟を提起したところ、知的財産高等裁判所は、平成19年10月30日、請求棄却の判決をした(第2次判決〔甲67〕、平成19年(行ケ)第10024号)。
(3) 第3次審決
 本件特許の請求項2、3及び7につき、被告が、特許庁に対し、第3次無効審判請求(無効2006−80222号)をしたところ、特許庁は、審理の上、平成20年2月6日付けで、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をした(第3次審決〔甲68〕)。そこで、被告が上記審決の取消しを求めて訴訟を提起し、知的財産高等裁判所は、同事件を、平成20年(行ケ)第10084号として審理中である(平成21年1月14日口頭弁論終結)。
(4) 第4次審決(本件審決)
 本件特許の請求項2、3及び7につき、被告が、特許庁に対し、第4次無効審判請求(無効2006−80243号)をしたところ、特許庁は、審理の上、平成20年6月11日付けで、「特許第3279294号の請求項2、3、7に係る発明についての特許を無効とする。」との審決をし(第4次審決(本件審決))、その謄本は、平成20年6月20日、原告に送達された。

(中略)

(4) 原告は、甲19管理基準表には、どのようにして記載された表面粗さを得るかについての方法は全く記載されておらず、針の先端の形状も記載されていない、と主張する。
 しかし、前記認定のとおり、被告のKは、1997年(平成9年)3月6日頃、甲19管理基準表を作成したこと、その後、甲19管理基準表は、被告の営業部門に交付され、被告の製品仕様についての顧客一般に対する説明資料と位置付けられたこと、これを踏まえて、被告の営業担当者は、甲19管理基準表を用いて、岩手東芝、富士通株式会社の担当者に対して被告の製品仕様についての説明をしたことが認められ、甲19管理基準表は、被告の「営業ツール」として被告の顧客一般に対し用いられていたというべきであるから、これに照らせば、甲19管理基準表作成の頃、被告の顧客一般が、被告から現物を入手できたと優に認めることができる。
 また、被告は、前記認定のとおり、甲19管理基準表作成前から、針先仕上げ処理として「粗面仕上げ」と「軽い粗面、 仕上げ」という2種類の処理仕様を実施していたのであるから、プローブ針の製造販売業者である被告は、その頃から、「粗面仕上げ」や「鏡面仕上げ」(「軽い粗面仕上げ」)のプローブ針を、複数の顧客に対して販売していたと推認することができるところ、これらが甲19管理基準表における粗面仕様「A」及び「E」にそれぞれ相当し、また、甲19管理基準表に開示された表面粗さを有していたのであるから、甲19管理基準表における粗面仕様の表面粗さを有するプローブ針は、本件特許の優先権主張日前から、被告の顧客一般が、そのような表面粗さを持つプローブ針として、入手可能であったといえるものである。
 また、プローブ針の先端の形状と表面粗さとは、技術的に見て、ある先端形状とある表面粗さとの組合せが困難であるなど、これらが互いに影響・依存し合う仕様であることを認めるに足りる証拠はなく、技術的には互いに独立した仕様であるというべきであり、甲19管理基準表のようなプローブ針の表面粗さの開示によって、プローブ針に関するひとまとまりの技術思想が開示されたものというべきである。
 以上によれば、甲19管理基準表に、どのようにして記載された表面粗さを得るかについての方法が記載されておらず、また、針の先端の形状が記載されていなかったとしても、甲19管理基準表に開示された技術事項をもって、特許法29条1項1号にいう公知の「発明」に該当するというに不足はなく、原告の上記主張は採用できない。
(5) よって、取消事由2は理由がない。
3 取消事由3(容易性判断に関する誤り)について
(1) 原告は、甲19管理基準表は、公知でもなければ、確定した審決における引用例である甲36(特開平5−273237号公報)に付け加えるべき「発明」を記載しているものでもないから、確定した審決の存在によって、本件の審決は違法となる、と主張する。
 しかし、上記1、2で説示したとおり、甲19管理基準表が、公知でもなければ「発明」を記載しているものでもない、ということはできないから、原告の上記主張はその前提を欠くものである。
(2) 原告は、甲19管理基準表には、当業者の技術常識に基づいては理解できない記載があり、このことは、単に動機付けを提供しないのみならず、組合せ阻害事由と評価すべきである、と主張するが、上記1、2の説示に照らし、採用することができない。
(3) 原告は、本件各発明は、甲36(特開平5−273237号公報)からは容易に発明できなかったものである、すなわち、曲率半径が本件各発明の範囲でないものはたとえ表面粗さが0.4μm以下であったとしても良好なコンタクト寿命が得られるという本件各発明の効果を達成することはできないし、曲率半径のみ本件各発明の範囲でも表面粗さが0.4μmを超えると同様に本件各発明の効果を達成することはできない、と主張する。
 しかし、本件発明2が、曲率半径と表面粗さが両方満たされた場合にのみ本件発明の効果を奏するものであり、その効果が本件明細書(甲61)の【図8】のグラフに示すように、臨界的意義を有するものであるとしても、この点は、審決において、本件発明2と甲36発明との相違点Bとして認定され、「0.4μm程度以下で急激にコンタクト回数を増やすことができるという効果は、甲36、…及び甲19管理基準の記載から当業者が予測できる範囲内のものであるというべきであって、格別なものということはできない。したがって、本件発明2は、甲36発明及び甲19管理基準による公知の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、請求項2に係る特許は特許法29条2項の規定に違反してなされたものである(22頁18。」行〜25行)と判断されているものであって、このような審決の認定判断に誤りがあるとも認められない。
 以上によれば、原告の上記主張は採用することができない。





「オキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤」事件

事件番号  平成22年(行ケ)第10122号
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日  平成23年01月31日
裁判所名  知的財産高等裁判所 
判決データ:  PAT-H22-Gke-10122.pdf







知的財産権情報サイト TOPページ